2020年12月25日 世界の終わり
終わりは始まりであるという言葉は、よく聞く言葉ではある。
知り合いにTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTの「世界の終わり」という曲を教えてもらったのだが、一度聴いただけでえらく惹かれてしまい、夕方電車に揺られながら聴いていた。
なにかの終わりを待っている人の曲だけれど、すぐにその情景を思い浮かべることができた。それは近未来、はたまた過去にいるであろうリビングからぼーっと外眺めている自分の姿だった。
私は物事が終わるときが好きだ。何かが終わりに向かうにつれてどこか高揚感みたいなものを感じたりする。単純になにか課せられた任務が終わることによる達成感みたいなものを身体が覚えてしまっているだけかもしれない。
今までの人生を振り返ると、私は誰かを、そして何かが終わるのをいつも待っていたのかもしれないと思うところがある。その対象はおそらく他人だけではなく自分も含まれている。
空を見上げて、新鮮な空気を吸って、ひたすらになにかを待つ。それは誰かの声なのか、はたまた自分の声なのか、未来からの声なのか、過去からの声なのか、声を待っているつもりで他のものなのかもしれないけれど、ひたすらなにか待っている感覚が未だにある。
待っている感覚でいることが私にとって良いことなのか、悪いことなのかどちらかはまた、これもわからない。なにかが変わることもあるのだろう。待っている間に知らぬ間に動いていることだってあるだろう。
ただ、本当の終わりは死んでしまうときに来るのは分かる。ずっと死ぬまで終わりなんて、ゴールなんてないのだ。そうやって言い聞かせながら、"終わり"を待つことをたまにはやめてみるのも良い気がしてきた。気が向いたら、よいしょと"始まり"をやり続けるのだ。そうしているうちにじきに終わりが来る。たぶん、そう。
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