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【小説】とあるおウマさんの物語(10話目:放牧先での出会い)

前回までのあらすじ

理念は「2着こそ至上」。能力はあるけど、上は目指さず気ままに日々を暮らしていた1頭の芦毛の競走馬:タマクロス。

なんだかんだで連勝してしまい、臨んだ初のオープン戦。ちょっとした事情により、勝敗よりも己の尊厳を守るために必死となった結果、オープン初戦で圧勝劇を飾ってしまう。


本文

青く澄んだ大きな空。地平線が見える程にどこまでも続いていく広い草原。
 
(うーん、でっかいどう!)
 
そう、俺は今、北海道に居ます! 何故かって? 3連勝のご褒美なのかどうかはわからないが、放牧に出されたのだ。
・・・3週間ぐらいの短期だけどね。

でも、馬生で初めての放牧なので、ちょいとテンション上がってます。
いや~、噂には聞いてたけど、やっぱ広い牧場はいいっすわ~。
なんかこう、戦いに疲れた戦士の心を癒してくれる感じ?
 
思えば、最近は散々だったからなあ・・・。
放馬されるわ、斜行されるわ、お腹下すわ、で望んでもないのに3連勝。

もはや定番になってきた宴でも、皆はしゃぎまくりの大騒ぎ。
小坊主は相変わらずゲロまき散らすわ、調教師はち●こ丸出しで寝ちゃうわ、普段は大人しい鈴木厩務員その一さんも悪酔いしたのか叫びまくるわ・・・。
 
 俺は変な薬を飲ませたオルフェ―ブーに文句を言いに行こうとしたら、途中でグラスワインダーとジンロ姐さんに絡まれて、ベロンベロンになるまで飲まされるし。
そのせいか次の日は猛烈な二日酔いに襲われて、運搬車の中でゲロ吐きまくるわだし・・・。
 
(なんなんでしょう! 一体!(泣))
 
思い出していると涙が出てきそうになったので、振り切るように体をん~~~~っと伸ばす。その後呆けていると、草原特有の涼しく、草の香りが混じった風が体に当たり、とても気持ちがいい。

こういう環境に居ると何というか、本来生き物ってこうあるべきだよね、というような開放的な気分になってくる。そんな気持ちに促されるように、暫くの間広い草原を気の向くままに駆け回っていた。
 
陽が傾き始めた頃、さすがに疲れたのと喉が渇いたので水飲み場に向かう俺。牧場の端の方に設けられた水飲み場には何頭かがいて、ごめんなさいね、と言いつつ間に入り込み水を飲む。

(大自然の中で飲む水はひときわうめ~わ~)

と悦に入っていると、すぐ隣で水を飲んでいる馬に気付く。その馬を一目見た瞬間、俺の体中に衝撃が走った。
 
その馬は年齢は俺と同じ位だろうか、一見すらっとしているが筋肉が均整良く付き、速く走りそうな体つきでいて(つまり、スタイルがいい)、目はくりっと大きく、かつ勝気そうで勝負根性がありそうな(つまり顔立ちも整っている)牝馬だった。
 
暫くぼ~っと見惚れていると、その牝馬は俺の視線に気付いたのか、話しかけてきた。

「なに? あたいの顔に何かついてる?」

おおっと、見た目そのまんまのワイルドな言葉遣い!
俺は思わず興奮・・・いや、謝ってしまう。
 
「あ、ごめん。何かついてる訳じゃないんだけど・・・」

しどろもどろになる俺を、今度はその牝馬がじっと見つめてきた。

「あ、あの・・何か?」

内心ドギマギしながらたじろぐ俺。
 
「ん~~、芦毛だし・・・・もしかしてあんた、タマクロスって言う?」

えーー、もしかして俺って有名人? ちょっとテンションが上がった俺は、コクコクと首を縦に振る。

「あ~~、やっぱそうなんだ! あの、放馬と斜行で連勝した!」

「・・・・・・」
 
神様とは残酷である。俺を持ち上げておいて、すぐにどん底に突き落としてくれる。上に持ち上げられた分だけ余計ダメージが大きくなる。どうやら自分の不名誉(?)な記録はここ北海道にまで伝わっているらしい。
 
「あ、気にしてた? だったら謝るよ、ごめんね。まぁでも、実力ないと連勝出来ないもんね。そうそう、あたいは『アレグリア』って言うの。よろしくね。」

俺の落ち込んだ表情を気にしてか、彼女は謝りながら自己紹介をしてくれた。
 
やはり神様は良いやつであると、俺は思い直した。
だって、こんな美馬と知り合って、しかも向こうから名前を教えてくれるなんて! 神様に感謝し、この放牧を満喫しようと思う現金な俺であった。
 
その出会いがきっかけとなり、俺はアレグリアと行動を共にすることが多くなった。
色々な話をする中で、彼女は中堅クラスの厩舎の所属であるとこがわかり、しかも早い段階から勝ち上がってクラシックレースにも出場した事があったとのこと。
 
すごい、クラシックだってよ! 言っとくけど、音楽のことじゃないよ? クラシックとは3歳の時しか出られない、選ばれしエリート達が集う最高峰のレースですよ!
う~む、全く縁のなかった俺としては格差を感じる・・・。
 
しかも彼女が所属する厩舎はチャレンジ精神が旺盛のようで、海外では採用されていて、日本にはまだ無い最新の調教方法を取り入れたり、変てこな機材で体のあちこちを測定し、データ解析で得た結果を調教にフィードバックするなど科学的なアプローチもしているとのこと。
 
話を聞けば聞くほど格差を感じてしまうのだが、『他には無い調教』という点では、我が鈴木厩舎も負けてはいない。

例えば、『ブリンカー』といって馬の視野を狭めて集中力を上げる馬具があるのだが、うちの場合はじゃあ更に狭めればいいじゃん的な発想で、穴が開いてないマスク、名付けて『全面ブリンカー!』なる馬具を開発。

・・・当然ながら、前が全く見えずあちこちにぶつかって危険な為、ボツとなった(被害者:メグロマック)。
 
もう一つ、『プール調教』をヒントに、もっとリラックスさせればいいじゃん的な発想で考え出された『温泉調教! お酒付き』。
これもただの飲んだくれになってしまい、暫くは悪酔いが続いたためお蔵入りとなった(被害者なのか受益者なのか?:ジンロ姐さん)。
 
そんな話を面白おかしく言うと、彼女はツボにハマったようで大いに笑い転げてくれる。

「あっははは、おっかしい~~。タマクロスの厩舎って面白いのね~~。」

彼女、笑う時に少しだけ首を傾ける癖があり、その仕草がめちゃくちゃ可愛い。
 
「うちの厩舎は『データ主義』とかいうやつで、どうしたら効率よく走れるのかとか、どういう馬場や距離に適しているのか、とかひたすらデータ取りしてるのよね。そりゃ、結果はそれなりに出てるとは思うんだけどさ、なんか堅っ苦しいんだよね。」
 
それはそれで凄いと思うのだが。少なくともウチのポンコツ厩舎よりは。

「あーあ、もっと自由に走りたかったなぁ・・・」

そう言って遠くを見る彼女は何だか寂しげで、俺はその様子が少しだけ気になった。
 
「ねぇ、向こうに見えるあの大きな木まで競争しない? あたいさ、単純に走ることは好きなんだよ。」

突然、アレグリアはデートのようなものに誘ってくる。当然、俺に断る理由などない。

「いいよ。俺もただ走るってのは好きだし。」

そう言って、二人並んでよーいどん、をする。
 
初めは並んで走っていたが、途中から彼女は俺の方を見ると、にやっといたずらっぽく笑い、わざとなのかペースを上げていく。
置いて行かれまいとペースを上げるが、彼女はなかなか速く後ろからついていくのがやっとだった。
 
 すると、結果的に彼女の走る姿を後ろから見る体勢になる。アレグリアの走りは、そのすらりとした姿にふさわしく、軽やかで柔らかいフットワークがとても美しい。

(なるほど、これがクラシッククォリティーか)

と、納得する一方で、きゅっとしまったお尻も見れて得した気分になる。

(あぁ、このまま時が止まってしまえばいいのに。)
 
 やがてゴールの木にアレグリアが先着し、後ろを振り返った。すると、俺がすぐ後ろにいるのを見て驚いた顔をしていた。

「結構、やるじゃない、タマクロス。あたい、割と本気で、走ったんだけど・・・。差が、ついてない、どころか、あんた、あまり息も、上がってないじゃない・・・。」

ぜぇぜぇ言いながら、アレグリアは感心したような悔しいような様子で話す。言われた俺は、「ついあなたの後ろ姿に見惚れて、疲れることすら忘れていました。」なんて恥ずかしいセリフは当然言わない。
 
「そう? もしかして、この放牧で強くなったのかも?」

「・・・こんな短期間で、急に強くなれる訳ないじゃない!」

惚ける俺に対してツッコミをする彼女。その後俺とアレグリアは暫く見つめ合い、やがてお互い笑い合うのだった。

つづく

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