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【小説】とあるおウマさんの物語(17話目:プロジェクトの行方)

前回までのあらすじ

理念は「2着こそ至上」。能力はあるけど、上は目指さず気ままに日々を暮らしていた1頭の芦毛の競走馬:タマクロス。

なんだかんだで初挑戦の重賞でも2着となり、ついにGⅠ出場となってしまう。ところが主戦ジョッキーの鈴木騎手がGⅠ出場に必要な勝利数が足りない事がわかり、緊急プロジェクト<小坊主プラス3>が発足するのだが・・・


本文

 そして、権利取得期限の最後の土日が訪れた。この土日では、自分以外の馬は全員レースに出場する事になっている。調教師のおっさんも、なんだかんだ言って小坊主にG1騎乗してもらいたいのだろう。所属馬は全員出場させるし、他の厩舎へも小坊主の騎乗を頼み込むなど、出来る限りの事をしてあげている。
 
この想いは小坊主にも伝わったのか、気合の入った顔付きをしている。小坊主の土日の騎乗数は計8鞍、ここから3勝挙げなければG1騎乗は敵わず、宴会も今年は開かれることはない。
レースが無い俺は厩舎に設置されたテレビを観ながら、皆を応援していた。
 
まずは土曜日、第2Rの未勝利戦 芝1600m。
ここではメシちゃんことメシアマゾンが出走した。彼女、勢いはあるのだが、いかんせん持久力に乏しい。

このレースでも見事にスタートを決め、先頭のまま最後の直線に入るも、ゴール目前で他の馬に差されてしまった。
 
「ああ~~。あとちょいやったのに~~。」

翌日彼女は厩舎に帰るなり、そう言って悔しがった。俺は1200mとか、もっと短い距離が合うかもね、と慰めたら、

「そういうの、先に言ってよ!」

と逆ギレされた・・・。そんな事言っても、決めるの俺じゃないし・・・(泣)。
 
続いては、1勝クラスの第7R。ここではオルフェ―ブーが出場。したのだが、全く駄目だった。いつもと違って精彩を欠いた走りで、結局二桁順位・・・。
こいつも翌日戻って来てから理由を聞いたら、前日夜にず~っと、雨乞いの儀式をしていたとのこと。結局雨は降らず、おまけに徹夜での祈りが祟ってあの結果だったようだ。
 
「アホか、あんたは。」

ブーはメシちゃんに怒られていたが、俺も全くその通りだと思った。
 
そして、同じく1勝クラスの第8R。ここでは、マックことメグロマックが出場。どうせダメだろうと思って観ていたが、なんとスタートしてから好位につけ、最後の直線で抜け出しての勝利と完璧なレースをしてみせたのだ!
 
(凄い、考えるばっかりで、動きはてんで駄目なあいつが・・・)

と思っていたが実はからくりがあったようだった。
後になって聞いたのだが、前日にマックはグラスとジンロ姐さんに催眠術を掛けられたそうな。

「考えるんじゃないのよ・・・、感じるのよ!」

グラスが紐でぶら下げた蹄鉄(ていてつ)を咥え、それをゆらゆらと動かしながら、ジンロ姐さんが暗示を掛けたとのこと。
その効果なのか、マックは本能のままに走り、結果勝利を飾ったのだった。

それなら、毎回掛けてもらえばいいのでは? と俺は思ったが、当の本人は「何か得体のしれないものが襲ってくる夢を見るから御免でござる。」と拒否し、二度目は無かったそうな・・・。
 
土曜日は、他厩舎の馬でも小坊主は勝利を飾り、これで日曜にあと1勝するだけで念願のG1出場権獲得となったのだった。
正直、全く期待していなかった俺。だけど、皆の精一杯の頑張りを見ていると、あと一つ何とか勝ってくれないかなと祈りながら、その日は眠りにつくのであった。
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そして、運命の日曜日。この日は快晴で、他厩舎での騎乗が2つ先行してあったのだが、結果は2つとも惜敗。残るは2鞍となり、暗雲が立ち込めて来た。
 
1勝クラスの第7R、ダート1800m戦。ここでは、自称・俺の第一の弟分、グラスワインダーが出走した。が、結果は何とも言えないものだった。
 グラスはスタートも決め、最後には先頭でゴールインしたのだが、なんと最初のスタートで小坊主が転げ落ち、あえなく失格となったのだった。
 
 落馬した小坊主は、スタート直後だったのでスピードが無かったこと、地面が砂で衝撃が少なかったことから、身体は無事だった。だが、レースが終わってからのグラスは相当荒れていたらしい。

「JRAに抗議するっス! 自分の上には、馬鹿には見えない騎手がちゃんと乗ってたっス!」
 
初めはそんな風に無茶苦茶な事を言い、やがては、こんな発言もしたそうな。

「小坊主騎手もちっとは根性みせろっス! G1出場が掛かってるんだから、落ちても追いかけてまた乗ればいいっスのに!」
 
無茶言うなよグラス・・・。我々、馬は時速60km以上出すんだぞ? そんなのに追いつけるなら、騎手なんてやらずに、オリンピックに出れば金メダル取れるだろう?
 
そんなこんなで残すは、あと一つ。ジンロ姐さんのレースのみとなった。
プロジェクト目標達成か否かが決まる第10Rのオープンクラス。画面越しからも、ジンロ姐さんが相当緊張している事が伝わって来た。ちなみに、上に跨っている小坊主は既に諦めの境地か、仏様のような顔・・・。
 
(おい! 皆お前の為に頑張ってんだぞ! ちったぁ、最後まで諦めない姿勢を見せろ!)

そう心の中で叫び、既に帰厩済みのメシちゃん、ブー、マックと一緒にレース映像をハラハラしながら見つめていた。
 
「スタートしました!」

アナウンスされ、ジンロ姐さんは上手くスタートを決めた。3番手ぐらいの好位置に付け、そのまま最後の直線に入っていく。
 
「姐さん、気張りや~! いけ~~!」

「刮目でござる!」

「いげ、ごらぁ~~~!!」

応援組は声を枯らさんばかりに張り上げる。ちなみに最後の声援はブーの声だが、こいつこんな熱いキャラだったっけ?
 
 ジンロ姐さんが必死に前を追い越そうと走っている。だが、なかなか前との差は縮まらない。更に外からは差し馬が一頭猛烈な勢いで駆け、先頭の二頭に追いつこうとする。

(あぁ、駄目か。)

皆が思った、その瞬間であった。
 
一頭がバランスを崩したのか突然前につんのめり、転倒したのだ。そして、周りの二頭も巻き込んでしまい、計三頭が落馬転倒する事態となってしまった。

(このままだと、姐さんも巻き込まれる!)
「あ、危ない!」

「姐さん!」

「躱すのでござる!」

「翔べ、ごらぁ~~!!」

皆が叫ぶ中、ジンロ姐さんが取った行動とは!?

なんと、跳躍して前の三頭を飛び越えてみせたのだ! そして、そのままゴールイン!

ジンロ姐さんは見事4年ぶりの勝利を飾り、そして小坊主も念願のG1出場権を獲得したのだった!ジンロ姐さんの跳躍はフォームも美しく、飛距離も十分で実に見事なものだった。
 
皆が、勝利に沸き返る中、一人俺は、

(もしかしてジンロ姐さん、障害競走に向いてるんじゃ・・・)

と、別の事を考えていた。
 
その日の夕方、鈴木厩舎の人馬が凱旋してきた。皆、小坊主のG1出場権獲得で盛り上がっていたが、俺はそんな事よりもジンロ姐さんの勝利の方が嬉しかった。祝福の言葉を掛けようと、ジンロ姐さんを見つけ声を掛ける俺。

「ジンロ姐さん! おめでと・・・」
 
すると、そこへ涙でくしゃくしゃの小坊主が割り込んで、俺に抱きついてきた。

『やっだ、やっだよ、俺。 ダマ~~~!』

泣きながら、そして鼻水を垂らしながら、俺の首筋に抱きついて顔をスリスリしてくる小坊主。お陰で俺の首筋には小坊主の涙や鼻水がべっとりと付いてくる・・・。
 
(何なのこいつ・・・。やっぱ、外人ジョッキーの方が良かったかも。)

端から見ると、最後の最後で決めた騎手と愛馬の、美しく感動の場面なのかもしれない。しかし、馬の方は明らかに迷惑顔だった。
 
「流石、大親友っスね!」

それを知ってか知らずか、グラスワインダーはあたかも感動の場面であるかのような台詞を言う。

「・・・そうね。」

それに対し、ジンロ姐さんはくすりと笑って、俺と小坊主の熱い抱擁を眺めるのであった。
 
小坊主こと鈴木騎手 通算31勝 いざ、愛馬と共にG1・天皇賞へ!

つづく

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