見出し画像

【小説】とあるおウマさんの物語(11話目:リステッド競争)

前回までのあらすじ

理念は「2着こそ至上」。能力はあるけど、上は目指さず気ままに日々を暮らしていた1頭の芦毛の競走馬:タマクロス。
なんだかんだで連勝してしまい、臨んだ初のオープン戦。ちょっとした事情により、勝敗よりも己の尊厳を守るために必死となった結果、オープン初戦で圧勝劇を飾ってしまう。


本文

―3週間後―
短期間ではあったが充実した放牧を終えた俺。そのまま北海道に留まって調練をし、レースに出走するため北海道のとある競馬場にいた。
隣には当然とばかりに弟分のグラスワインダーがいる。

「せんぱ~~い、久しぶりっス! 放牧どうだったっス?」

グラスは羨望の眼差しで俺に放牧の感想を聞いてくる。
 
「そうだな・・・。正直、夢のような日々だったよ・・・。まぁ、君も放牧出来るよう、せいぜい頑張って良い成績を残したまえ。」

放牧には当然、移動費やら管理費やらでお金が掛かる。うちのような貧乏厩舎では、いつでもどの馬でも、という訳にはいかないのだ。
 
「なんスか! その上から目線は! ・・・あれ? でもセンパイ、なんか変わったっスね。何というか、一皮むけて大人になったというか・・・。」

下ネタのような言い回しをするグラス。
 
「そうか? まぁ、色々あったからねぇ・・・。」

遠い目をし、アレグリアとの楽しい日々を思い返す俺。

「やっぱ、アレっすか? 鈴木厩舎のエースとしての自覚が出てきたっスか? そういえば、今回初めてのリステッド競争っスもんね。」
 
(そういえばそうだった!)

ここ最近の非日常で忘れていたけど、馬生初のリステッド競争だった。そう考えると何だか急に緊張してきた。

「センパイの出るレース、流石にリステッドになると強者揃いっスよね~~。中でもアレグリアって牝馬が強力らしいっスよ。」
 
いつも思うのだが、何故こいつはこんなにも情報通なのだろう? いや、そんな事は今はどうでもいい。グラスが言った『アレグリア』という単語に俺は思わず反応してしまった。

「え! アレグリア!? 彼女が出るの??」

詰め寄る俺にたじろぐグラスワインダー。
 
「え、センパイ、彼女の事知ってるっスか? あ、放牧先で会ったんスね。いいっスね~、ひと夏の出会いってやつっスか?」

「茶化さないでくれ! 彼女の事知ってるんなら、教えてくれ!」

顔を至近距離まで近づける俺に戸惑いながらも、グラスは彼女の情報を教えてくれた。大半は自分が彼女から直接聞いた話と同じだったが、最後の方で気になる事をグラスは言ってきた。
 
「なんでも、彼女の厩舎、ホンダ厩舎っスね。あそこは方針があって、牝馬は5歳過ぎたら引退させて繁殖に行かせるらしいっス。そんで、大概は大きなレースを勝つか、もしくはどこかで負けたら引退らしいっス。
・・・彼女なんスけど、怪我で休んでたっスけど、復帰してからは、引退したくない一心からなのかわかんないっスけど、連勝中らしいっス! もんの凄い脚を使って、後方から一気に抜き去っていくスタイルらしいっスよ。」
 
(・・・と、いう事は?)

グラスの言った事を頭の中でよ~く考える俺。

「って事は、今回のレースで負けたら、彼女、引退ってこと?」

「多分、そうなるっスね。」
 
(オー、ノー! せっかく知り合って仲良くなったのに、一回一緒に走っただけでさよならなんて、ひどすぎるぜ神様!)

落ち込んでいる俺が不思議らしく、グラスは声を掛けてくる。
 
「なんで彼女が負ける前提なのかがわかんないっスけど・・・。大丈夫っスよ、センパイ! センパイには『秘技・ワズカニオヨバズ(ハナ差の惜敗の意)』があるじゃないっスか! ・・・あ、でも気を付けるっスよ、センパイ。ここ札幌のコースは特殊な形で・・・」
 
変な名前を付けるな! 秘技とか。でも、そうだよね、彼女が勝てば、またどこかで会える可能性があるもんね。そう考え始めると俺の妄想は止まらない。グラスの後半の部分は耳に入らず、俺は妄想の世界に突っ走っていく。
 
ホワワワワ~~~~ン
 
 先行し、最後の直線に入った後、すぐに先頭にたつ俺。ライバルたちは直線前の俺の突っかけが効いたのか、ずるずると下がっていく。勝利か!? と思った瞬間、猛烈な勢いで後ろから突っ込んできたアレグリアに差される。なんてこったい! と悔しがる俺に彼女は振り返って言うのだ。
 
『あんたもやるようだけど、まだまだね、タマクロス。次、会うのを楽しみにしてるわ(ウィンク ばちこん!)。』

(・・・やばい。きたよ、これ。)

自分の妄想にツボってしまった俺。
 
(これだ、この路線で行こう!)

そう決めた俺は不思議そうな顔をしたグラスを横目に、意気揚々とレースに臨むのであった。

つづく

この記事が参加している募集

#文学フリマ

11,637件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?