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【小説】とあるおウマさんの物語(21話目:天皇賞・秋 開幕!)

前回までのあらすじ

理念は「2着こそ至上」。能力はあるけど、上は目指さず気ままに日々を暮らしていた1頭の芦毛の競走馬:タマクロス。
ついにGⅠ当日となる。GⅠの雰囲気に飲まれたのか、人間たちは地に足がつかない行動を取る。しかし、そのお陰かタマクロスは逆に冷静になり、レースに臨もうとする。


本文

 色々あったものの、馬場入り後は特に何事もなく、今はゲート手前で輪乗りをしている。ちらと周りを見ると、危険人(馬)物のバクダンムーンはますます発汗が凄くなり、眼つきも怪しくなっている。

(だ、大丈夫だよね? 突然叫び出したりしないよね?)

ライバルではあるが、少し心配になる。
 
一方、最有力馬のスペシャルデイを見ると、またもや俺と目が合った気がした。

(あれ? また?)

だが、ほんの一瞬であったし、俺の事など気にする筈も無いだろうと思い直し、輪乗りを続けていた。
 
そして、いよいよ発走時間が迫り、各馬の緊張感も増してくる。そんな中、自分は馬場入りで大注目を浴びたせいか、GⅠの雰囲気に呑まれることはなく落ち着いていた。鞍上も同じ・・・だと思う。
 
(いや、そう思いたい! )

そう願っていると、いよいよスターターの人が台に上り、手に持っていた赤い旗を左右にゆっくりと振った。それを合図に、あの名曲が奏でられていく。
 
パーンパパパーン、パパパーン・・・
 
東京競馬場のGⅠならではの、軽快なファンファーレが場内に響き渡る。そこに大観衆の手拍子と歓声が重なり、否が応でも会場は盛り上がっていく。その音が落ち着くとすぐに、俺も含め各馬がゲートに入っていった。
 
俺は4番の偶数番で後入れなので、失礼しますよって感じで入っていくと、お隣さんが3番を付けたあのバクダンムーン・・・

(めっちゃ睨んでくるんですけど、やめてもらえませんかね?(汗))

ビビりつつ、ゲートが開くのを今か今かと待っていると、ランプが赤く点灯し、すぐにゲートが開かれた。
 
「スタートしました!」

ゲートが開かれただけなのに、大歓声が響き渡る。その中を俺は好スタートを切った。いや、切り過ぎてしまった!
 
するとなんということでしょう!
お隣さんよりも前に出てしまったではありませんか!

しかも、前には誰もいない。つまりやってはいけないハナに立ってしまった訳で・・・。恐る恐る後ろを見てみると、あのお方が、

『おおん? ワシの前を走るとはいい度胸してるじゃねえか。てめぇ、ケツの穴に前脚突っ込んで奥歯ガタガタいわせたろか!?』

みたいな顔をして、猛烈に迫ってくるではありませんか!
 
この顔を見た瞬間、ああしよう、こうしようと考えていたものは全て吹っ飛んでしまい、本能の赴くままに俺はとにかく逃げた。
 
(ヤバイ、ニゲネバ。ニゲネバヤラレル・・・(大汗))
 
事前に考えていた訳ではないだろうが、GⅠ初騎乗の小坊主も煽りの鞭を入れたことも重なり、俺はスピードを上げていく。それに従い追いかけるバクダンムーンもスピードを上げたため、後続勢に10馬身もの大差をつけた状態で二度目のコーナーに突入していった。
 
「1000mのラップはなんと57.8秒! これは飛ばし過ぎではないのか?」

想定外のハイペースにアナウンサーも驚きを混ぜて実況している。
こういう大逃げが展開されるレースは、とにかく盛り上がる。大波乱が起こるかもしれないからだ。

でも、まさか逃げている本人が『勝つため』ではなく、『命の危険を感じているため』とは誰も気づいていないだろう。
 
(だずげで、おが~ぢゃ~ん、 危ないおじさんが追いがげでぐる~~ (泣))
 
幼い頃に別れた母に助けを求めながら、涙目になりつつ俺は逃げ続けた。
 
―鈴木厩舎―
 鈴木厩舎では、この予想外の展開に盛り上がっていた。ハナに立った瞬間は、自分の言いつけを守らなかったタマクロスに対し、グラスワインダーは文句を言っていた。

「何やってんスか、センパイ! あれほど言ったのに!」

しかし、あれよあれよと大逃げの展開となり、『もしや?』の可能性が出て来ると、先程までとは180度変わった声援を送るようになっていた。
 
「センパ~イ、流石っス! これなら、ジャイキリあるかもっスよ~~~!」
「タマ・・・、タマ・・・」

グラスワインダーとは正反対に、ハラハラと息を飲むように応援するジンロ姐さん。
 
「いいぞ~~~~、タマやん~~!!」
「ここで大逃げとは! 流石は鈴木厩舎の予想ガイ・タマジロウでござる!」
「・・・・・・」

そしてタマクロス応援隊は、楽器をガゴガゴと打ち鳴らしながら声援を送っていた。

つづく

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