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【長編小説】二人、江戸を翔ける! 2話目:コンビ初仕事③

■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、少女・りんを助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛とうべえ。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の、奇想天外な物語です。

■この話の主要人物
藤兵衛とうべえ:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
りん:茶髪の豪快&怪力娘。ある朝、藤兵衛に助けられた。

■本文
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その数日後。凛はいつものように、藤兵衛が住んでいる長屋・土左衛門店どざえもんだなにいた。

大抵『いろは』の仕事が始まる前の朝方と、終わった後の夕方に来ている。
傘張り仕事の管理監督と、裏稼業の『厄介な仕事』の助手で来ているのだが、肝心の裏稼業に取りかかる気配が一向に無い。実情は、助手と言ってもご飯の支度を含めた家事をやりに来ているようなものだった。

(はぁ~。これじゃ仕事の助手っていうより、飯炊き女みたいなもんよね)

心の中で小さくため息をつく。
ここに来ること自体は楽しいが、毎日がこの調子だと本当に裏稼業があるのか不安になる。

「あの~、藤兵衛さん?」

「ん?」

「その~、傘張りじゃない方の仕事って、いつやるのかな~って思って」

「まぁ、そんな滅多にあるもんじゃないな。別にいいじゃないか。それだけ平和って事なんだから」

つい口に出してしまうが、真っ当な答えを返される。

(それはそうなんでしょうけど、それだとちょっと退屈で・・・)

不謹慎な事を考えていると、誰かが部屋に近づいてくる足音がした。
足音は藤兵衛の部屋の前で止まると、一呼吸ほどの間の後に声が聞こえてきた。

「もし、おたずねします。『いろは』の紹介で来たのですが」

(お客さんかな?)

早速、凛が出ようとすると藤兵衛が手で制して戸口に寄る。

「春と言えば?」

「やっぱり真似まねゑもん

小声で話しかけると、間髪入れずに声が返ってくる。

「どうぞ中へ」

すると藤兵衛は戸を開け、訪問客を中へ招き入れたのだった。
先ほどのやり取りはお梅婆さんに言われて考えた合言葉であったが、そんな事は知らない凛は何事かと藤兵衛と訪問客の顔を交互に見るのであった。

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「どうぞ、粗茶ですが」

凛は湯呑を訪問客と藤兵衛の前に置くと、部屋の隅にかしこまる。
ちらっと見ると男の身なりは商人風で、表情がどこかやつれていた。
先程のやり取りから藤兵衛の知り合いとは考えにくく、

(もしかして、ついに?!)

と、内心ドキドキし、かつ期待していた。

「それで、どういった用件で?」

男が一息ついた後に藤兵衛が切り出すと、男は自己紹介から始めた。
「はい。私は、喜之きのすけと申しまして、日暮ひぐらしで小さいながら材木店を営んでおりました」

「ました?」

「はい、今となっては過去の話です。商売は順調に進んでいたのですが、ある日中之なかのすけという方から店の規模を拡大しないか、それなら低い金利で金を貸し出す、と話を持ちかけられました。初めは断っていたのですが、何度も誘いをかけられ、ついその話に乗ってしまったのでございます。全部で百両借り、それで店の規模を大きくし、使用人も新たに雇い、さあここからと期待に胸を膨らませておりました」

ここで一度、喜之助は茶を一口すする。

「ところがでございます。幾分も経たないうちに、突然中之介から返済要求がきまして。しかも、金利は当初の話の三倍以上。話が違うと乗り込みましたが、そこで出てきたのが『度度須古どどすこ』と呼ばれるヤクザでした。話はしましたが全く話の通じる相手ではなく、それどころか毎日のように私の店に押しかけては返済の要求をしてくる始末。当然商いにも影響が出て参りまして、私も気を病んでしまい、最後には担保に入れてあった店を明け渡す羽目になりました」

「度度須古組か・・・。最近あちこちで揉め事を起こしているようですね」

藤兵衛の言葉に、喜之助も「そのようですね」と力なくつぶやく。

「当時は迂闊に話に乗ってしまった自分を責めました。何故ゆっくりでいいから着実にやらなかったのか、と。でも、後になって真実がわかりました」

「真実?」

「はい。中之介は元々、私の店を乗っ取るつもりだったのです。私の店があった区域は再開発の話が出ており、再開発のためには私の店が邪魔だったのです」

「だから、最初にわざとうまい話しで近づいた、と」

「その通りでございます。これも後で知ったのですが、中之介の被害にあったのは私だけではなく他にも何名かおりました。皆、似たような手口で自分の店や家を騙し取られています」

喜之助は悔しそうに語った。

「質の悪い地上げか・・・」

藤兵衛が呟くと、それまで黙って話を聞いていた凛が割り込んできた。

「あの・・・奉行所に訴えなかったんですか? 初めの借り入れの証文だってあったんですよね?」

すると、喜之助は力なく笑う。

「当然訴えました。しかし、いくら待っても無しの礫で。これは最近知ったのですが、中之介は度度須古組だけではなく、町役人も抱き込んでおります」

自分の過去と重なったのか、凛は怒りを覚えたようだ。

「すると依頼内容は?」

「はい。店の権利書を取り返して欲しいのです。おそらく権利書は中之介の屋敷にあるはずです。向こうも卑劣なやり方で手に入れた以上、盗まれたとしても文句は言えないでしょう」

「・・・仮に取り戻せば、あなたが疑われるのでは?」

「そこは大丈夫です。取り戻した権利書は別のところへ売り渡し、そのお金で別の場所でやり直すつもりです」

暫しの間、沈黙が流れる。やがて、

「わかりました・・・」

と、藤兵衛が言おうとした矢先、凛が力強く言い放った。

「まっかせてください! そういう卑劣な輩は、相応の罰を受けるべきです!」

(え?)

藤兵衛が慌てて止めようとするも、時既に遅し。

「取り返すだけじゃなく、その中の介だかを、ぎっちょんぎっちょんのぼっこぼこにして、(ピー※)して(バキューン!)てやりますから!!」
(※ピー、バキューン・・・過激な内容の為、自主規制)

あまりの過激発言に藤兵衛は開いた口が塞がらなかった。

「ねえ! 藤兵衛さん!」

凛が振り向くが、

(断るなんて、まさかそんな事・・・ しないよね?)

と顔で訴えていて、表情はまるで阿修羅の如し。
藤兵衛は自分が脅されている錯覚に襲われる。

「あ、あの・・・ そこまではしなくても。権利書を取り返して頂くだけで結構ですから・・・」

喜之助も過激な発言に驚き、小さな声で止めに入るのであった。
とにもかくにも、これが藤兵衛と凛のコンビ初仕事である。
気合を入れる凛とは対照的に、藤兵衛は大いに不安を感じるのであった。

つづく

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