あの夏の暴君
私は子供の頃、一人部屋だった。
けれど私はひとりっ子ではなく、三姉妹の真ん中で育ち、家も特別大きな家というわけではなく、いたって普通の家だった。
リビングにキッチン、和室が二部屋に洋室が一部屋。ごく普通のサイズの家に仲があまり良くない三姉妹が住むとどうなるか。
それぞれに住処を欲しがるものだから、個室は完全に全て子供達に当てられた。
両親はというと、リビングに布団を敷いて寝ていた。本当に申し訳なかったと思う。
けれど私たちは仲の悪い三姉妹というだけでなく、揃いも揃って非社交的な三姉妹だった。そのくせそれぞれにこだわりや頑固さを持ち合わせているもんだから、一緒の部屋で過ごせるわけもなかった。
私は真ん中でありながら、当時は姉妹の中でも特に我を強く押し出していたものだから、1番広くて日当たりのいい洋室を勝ち取り、我が住処にしていた。
当時はクーラーの設備も一家に二台迄というのが一般的だったので、クーラーはリビングに一台、そして洋室に一台と置かれ、我が住処は家の中でかなり位の高い部屋だった。
リビングにクーラーはあるもののとても古いタイプのもので、私はリビングのクーラーが30分以上稼働しているのを見た事がない。
真夏になかなか稼働しないクーラーに苛立ち、母に「あれ壊れてんの?」と聞くと「壊れてへんわ!」とクーラーの電源をようやく入れてくれる。だがこのクーラーのリモコンを私は一度も見た事がなく、母はいつもクーラー本体にある 入 ツマミを右に動かし、きっちり30分後クーラー本体にある電源を 切 に戻した。
母曰く、古いクーラーの電気代はバカ高く、扇風機で対処出来ないほどの猛暑が来た時だけ、満を持してそいつは動き出す。
普段ちっとも働かないそいつは無駄にデカい図体をして、堂々とリビングに鎮座している。そいつから出る微風は世の中のあらゆるギャップの頂点に立てる程に弱々しく、まったく活躍しなかった。
それに比べてこの家で唯一洋室の、つまり我が住処に設置されたクーラーはまだ新しく、綺麗な白色で場所もとらず、お行儀良く部屋の片隅に存在していた。リモコンで電源を入れた瞬間から彼女は冷たい風を放出し、みるみるこの住処を楽園にした。
夏休みの間中私はこのきんきんに冷えた楽園で勉強をするのが何より楽しかった。
たまに姉や妹が部屋に遊びに来た時には、この住処の主としての毅然とした態度を持って、訪れた客人を追い返す事なく我が住処を存分に彼女たちに開け放した。
そんな時の私の口癖は「いつまでもおったらええよ」だった。位の高い部屋に鎮座する私の態度は王そのものだった。
その中でも大好きな母がパートから帰って、きんきんに冷えた私の部屋を覗きに来る時には、存分にその暴君っぷりを発揮していた。
母の第一声は「うわあ〜気持ちい〜!!」と両目を閉じ、顎をやや上に上げ全身で冷気を感じながら部屋に入ってくる。
この住処の主からすると最高のリアクションをする客人なので、もてなさずにはいられなくなる。
母は惜しみなく我が住処を褒めちぎり「はあ〜ずっとここにおりたいわあ」と言う。
私は内心大喜びになって「いつでも来たらいいよ。ええやろ?ここ。」と毅然とした態度を持って、寛大な王のごとくクールに母に告げるのだ。
現在の私は30歳を過ぎ、光熱費も家賃も自分自身で捻出している。
あの夏のあなたはとても横暴で世界を何も知らない自分勝手な王様だった。
あの小さな部屋を掌握していた、小さな王様にいまもまだどうしようもなく憧れている。
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