ただ糸を語る

糸棚を製作した。

正確には製作してもらったのだが。

糸棚が出来たことで、今まで机の引き出しにひしめき合っていた大量の糸達を陽の当たる机の上に移動することが出来た!

今回製作してもらった糸棚は、ホームセンターでカットされた木材を組み立てたシンプルなやつだ。

幅60cm、高さ60cmの4段棚。

一番上には頻繁に使用する洋裁道具を並べ、その下の段にはよく使う黒糸、白糸、を並べてある。

この2色だけで60cmの一段は端から端まで埋まる。

なぜなら糸には多様な種類があって、全部糸の太さや用途が異なる。

まず一番使用率が高いのは60番の黒糸。60番は太すぎず、細すぎず、カジュアルなパンツなどに一番適している太さなのでしょっちゅう買い足している。

次に使用度が高いのは90番手の糸。60番よりも細く、薄い生地を縫うのに適している。

生地によっては、たとえ生地が地厚でも太い60番より90番を使用した方が綺麗に仕上がることもあるので、生地が厚いからといって必ず60番を使うというわけではない。

糸が細いと縫製の際、生地に対しての摩擦が少なくてすむので比較的真っ直ぐにミシンを走らせる事ができるのだ。

基本的には、この60番と90番の糸を使用している。たまにデニムなどステッチのきいたデザインの時は30番や20番の糸を使用して、ステッチをより強調することもできる。

つまり低い番手ほど太く、数字が増えるにつれ糸は細くなる。

紳士物のスラックスの裾に使用されているのは100番手という超極細の糸だ。

スラックスの裾は基本的にステッチが見えない。というか、なんというか。まるでシームレスのようにストンと一直線に裾まで布が綺麗に落ちているのがいわゆるスラックスなので、ステッチをかけると一気にカジュアルになってしまうし、比較的薄手の滑らかな素材を使用しているので、せっかくの綺麗な直線がおざなりになってしまう。

紳士服売り場でスーツを買うとなると、ほぼ裾上げをしてもらう事が一般的だ。そしてそのスーツはその施設の中にあるお直し屋さんへと運ばれる。

裾あげに使用されるのは特殊なミシンで、ルイスミシンと呼ばれる。

これがなかなか扱いづらい。

折り返した布部分を当てながら、裾をぐるりと一周半する。

かかと側の糸が解けやすいので、かかと側、いわゆる後ろパンツの裾はルイスミシンが2回かかる事になる。

縫い糸が表に響かないような特殊なミシンで、生地のほんと数ミリの幅に糸がかかる。(手縫いでやるまつり縫いの超高性能版といった感じ)

初めてこのミシンを使用した時は、全く糸が生地を拾ってくれなくて、なかなかコツを掴むのが難しかった。

つまりこの超繊細ミシンで、超極細の100番手の糸を使用し、スラックスを仕上がりと変わらず形よく仕上げる事ができる。

この他にもニット製品に使用される伸びる糸、レジロン糸がある。レジロンは50番手の糸だ。

先ほど述べたような一般的な糸はスパン糸と呼ばれているのだが、このスパン糸やレジロン糸の番手は必ずしも共通ではない。

レジロン糸の50番より、スパン糸の60番の方が太かったりする。

糸を収集していくと様々な発見があり、とてもユニークで面白い。


話を最初に戻すと、糸棚の一番上が洋裁道具、二段目が黒糸と白糸、そして三段目はあらゆるカラフルな糸達が並ぶ。

一回きりの登場で、きっとこのまま一生使わないであろう糸達がぎっしりと並んでいる。目がチカチカする蛍光イエローや、弾けるようなエメラルドグリーンなどが所狭しとひしめき合っている。

四段目にはロック糸(ロック糸は縫代の処理をする専用糸。これも語ると長くなるので別の機会に。)が並び、一番下の段には文具や生地スワッチやテープなどが並んでいる。

この糸棚が完成してから私はよく作業の手を止めて、うっとりとこの糸棚に並ぶ糸達を眺めては、気まぐれに並べ替えたりしている。

特殊な色糸達は活躍の場が与えられないことを不満に思ってか、奥の方へ奥の方へ隠れるように消えていってしまう。

いつかこの消極的な自己主張の強い糸達を使う日は来るのだろうか。

それはわからない。

人は日々変化し、好みも変わる。

年齢を重ねるにつれ派手な色を好むようになるのかもしれない。

10年も経てば、この糸棚の配列はきっとごっそり変わっているだろう。

その変化を恐れながら、楽しみながら、今日も私は糸達を眺めている。





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