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山手線ウォーキング

少し前、山手線一周ウォーキングを友達と行った。ルールは一つ。タイトル通り歩いて山手線(内回りで)一周するのである。スタート駅は東京駅丸の内口。そこから東京駅に戻ってくることを目指し、朝8時から歩き始めた。僕は、高校生の時、高校の行事で100km歩行なるものに参加した経験があった。丸一日歩いて100kmを歩いたことがあった。そう、丁度10年前の出来事だ。その経験があるから、今回も、10年経った今でも、何とか制覇できると思っていた。なんてたって、山手線の一周は約50kmで、半分だ。

歩き始めて10時間後、「大塚駅」に到着した頃、僕らは全員満身創痍であった。皆、足が痛くて痛くて堪らなかった。そして、ある決断を行う。

”ここ(大塚駅)で完全に諦めるか、とりあえず上野駅まで行って考えるか。”

上野駅までは後、7駅。僕の体力でいえばもう限界に近く、足の痛みも引く気配は無い。この時点で”約35km”歩いたし、もう辞めてもいいと思った部分も正直あった。でも、上野駅まで歩き続けることを僕は選んだ。

昔から、”自分に負ける”のが怖かった。逃げ癖が付くことが怖かった。自己肯定感は高くなく、自己否定をしがちな性格だ。一回逃げると、永遠に楽な道、楽な道へと逃げ続けるとわかっていたから。自分に負けるのが怖くて、今まで生きてきた。だから、今回も負ける、諦める選択肢は取れなかった。

実は、今回諦めたくなかった理由は、まだある。社会人になって、自分より圧倒的に優秀な人間達と絡むようになって、僕は、”自分に限界を設定する”ようになっていた。優秀な後輩には、勝てないから後輩に自分より大事な業務が振られても、「あいつは優秀だから、俺と違うから」と戦うことを最初から諦めて、立ち向かうことを辞めていた。優秀じゃないから、僕にはできない。負けて当たり前。優秀な人間には勝てないもんだ。と負けることに、僕はなれ始めていた。

満身創痍で上野駅まで歩くことは、”自分に負けたくない”だけではなく、”負けることになれてきた”僕と向き合うチャンス絶好の機会だった。上野駅まで歩ければ、その先のゴール。東京駅まで行けると信じていた。

そして、山手線一周ウォーキングが再開した。上野駅までの道のりは、ほぼ覚えていない。周りを見る余裕がなかった。足の痛みは一歩踏み出す度に増して、今すぐに辞めたかったし、頭の中では”自分に負けたくない”が永遠にループしていた。歩いて2時間。スタートから12時間。僕は自分に負けず、上野駅に着いた。

でも、ここで終わりだった。東京駅には行けなかった。僕は、上野駅で山手線一周を諦める選択をした。

山手線一周ウォーキングでは、各駅に着くたびに、歩いた証として駅名の”写真”を友達が撮っていた。その写真を撮る行為に対して、僕は鶯谷駅(上野駅の一つ前の駅)でイライラしてしまった。一緒に歩く仲間に、心の中でも悪態をついてしまえば、そこから先は地獄になる。体力の限界を超えて、気力だけで歩いていた。ただ、心、精神の限界は気力だけでは乗り越えられない。心が濁って仕舞えば、周りに迷惑をかける。そうして、僕はリタイア宣言を周りに告げて、上野駅で諦めた。残ったのは、”山手線を一周できなかった自分への深い失望と情けなさ”で合った。

僕は、今でも自分に負けてないだろうか。楽な方に逃げていないだろうか。次、向き合う機会が来た時、立ち向かえるだろうか。最近の僕を振り返ると、断言できない。


歩いた経路
歩いた時間


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