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東北旅行と砂漠と平和

「平和を願ってピンフを、点数安いのに、頑張って作ってるのにね、まわりのオヤジたちがどんどん、邪魔して、俺を負かすんですよ。俺は、世界を平和にしようとしているのに。これ、おかしいですよね」

『砂漠』伊坂幸太郎

 2023年の9月も終わりに近づいたある日、僕は飛行機のシートに座って、『砂漠』を再読していた。宮城県での2泊3日の旅行に向かっていたのだ。飛行機に乗るのは人生で3度目であるし、一人での旅行だったからとにかく不安で、「落ちませんように」と祈っていた。神様仏様パイロット様、と念じながらサービスのコーヒーを呷ったら、勢い余ってTシャツを汚してしまった。

 出不精な上に万年金欠、しかも極度の方向音痴の僕が、急に一人旅を敢行することになったのは、東北で受ける予定だった試験をキャンセルした結果、飛行機のチケットが余ってしまったためだった。直前にあった試験で大失敗した僕は既に人生の迷子になっていると言うこともでき、今さら旅先で迷っても大したことではないだろうという気持ちもあった。

 そういうわけで、半ば投げやりな気持ちで挑んだ無計画の旅行であったが、いざ行ってみるとこれが案外おもしろく、予想以上に充実した時間を過ごすことができた。

 しかし、なにしろ一人旅であったため、旅行の思い出を共有する人がいない。折角の楽しい記憶を一人で抱えておくのはもったいなく、悲しいことだ。

 そこで、自分のための記録も兼ねて旅行記を書いてみることにした。最近文章を書いていなかったので、リハビリとしてもちょうどよい。とはいえ、文章量が多くなればなるほど拙さが浮き彫りになってしまうので、基本的には写真にコメントを付ける簡単な形にしておくことで、言い訳の余地を残しておこうと思う。写真だけでも見ていってもらえると幸いである。

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【1日目】

・9:00  仙台国際空港 到着

飛行機から降りるとすぐ、東北楽天ゴールデンイーグルスの面々が出迎えてくれた。ももクロファンの田中さん?が映り込んでしまっている。
こういう写真を撮ると「旅行っぽさ」が強まるので積極的に撮影することにしている。


・10:30  仙台朝市

小さな市場だが、朝から活気があった。
サンマが安いのはなんとなくわかる。毛ガニは……どうだろう??
仙台市内の雰囲気は、想像より落ち着いていた。


・11:00  村上屋餅店

並んでいる人々を見て「どうやら有名店らしいぞ」と思い、列に加わった。行動経済学の教科書に出てきそうな単純さに、我ながら呆れる。
「づんだ餅」を購入。「づ」なんだ、と思った。これを読んでいる人も思ったことだろう。


・11:15  東北大学

なかなか綺麗なキャンパス。ベンチで食べたずんだ餅の味も、心なしか「卓越」している気がした。
旅のお供の『砂漠』と記念撮影。伊坂氏は東北大学出身であり、作中の大学生たちも同大学に通っているようなので、これは一種の聖地巡礼である。


・11:45  瑞鳳殿

瑞鳳殿は、伊達政宗公が眠る霊屋らしい。伊達の伊達者っぷりをひしひしと感じた。写真が白飛びしているのも装飾の煌びやかさの影響である。断じて逆光ではないのだ。


・12:30  青葉城址

急な上り坂が続く。校外学習の班行動中らしき子どもたちと並んで汗を流した。へばっている女子を置き去りにしてずんずん登る男子中学生を見て、ムキになって大股で歩いた。
道中、魯迅の銅像があった。どうやら東北にゆかりがあるらしい。ヤンおばさん(足がコンパス状になっていることで知られる)のことしか覚えていなかったので、少し驚いた。
有名な、伊達政宗公の銅像。その威容で雲を吹き飛ばしているかのようだ。
現地に行った人しか見られないであろう、真後ろからの姿。タムナスさんのようにも見える。
登り切ってから観る仙台の景色は圧巻。この写真を撮っている頃に、置いていかれた女子中学生が到着していた。健闘を称えたい。


・13:30  昼食(日替わり定食:コロッケ)

Google Mapの導きに従って適当に入った割烹料理店。とても美味しく、食後にはコーヒーが出てくるホスピタリティに仰天した。


・14:15  せんだいメディアテーク

鷲田清一氏が館長を務める、市民の文化活動拠点。「メディアテーク」は「視聴覚資料室」を意味するフランス語らしい。


・15:00  市内散策

立派な街路樹が連なる。
J・K・ローリングの親戚みたいな駐車場。


・16:00  書店(あゆみBOOKS 仙台一番町店)

伊坂幸太郎のサイン色紙が置かれていた。わざわざ旅先で本屋に入ってよかった、と思った。
普段は文庫化を待って購入するのだが、流石にこれは買わざるを得なかった。わざわざ旅先で本屋に入ってよかった、と心の底から思った。


・18:00  夕食(牛タン定食)

厚切りの牛タンは食べ応え満点。「利休」という店の名前がしっくり来ていなかったが、抹茶味のデザートを見てギリギリ納得した。


・19:00  ホテル到着


【2日目】

・8:15  レンタカー入手

・9:00  松島

「日本人は三大○○が好き」と主張する際によく引き合いに出される、日本三景。
生憎の曇り空。魅力が7割ほど減っているような気がした。
橋を渡るのに料金がかかると知り、「渡ってる間は橋が見えないじゃん」と内心で屁理屈をこねて、財布の紐を締めた。
渡月橋と書かれているが、有名な京都の「渡月橋」ではない。渡った先の島は雄島という。かつては仏僧の修行場であり、霊場でもあったそうだ。
「ナン」とだけ書かれた謎の扉。インド人の天国かもしれない。


・10:00  瑞巌寺

でっかい木々。でっかい物のインパクトはすごい。
国宝・瑞巌寺は伊達家の菩提寺として領内随一の規模と格式を誇った寺院。内部は襖絵も建築も、とても美しかった。写真撮影が禁止されていたのが残念だ。


・11:45  石巻市

運転中の景色。震災の影響は一見しただけでは感じられない。


・11:00  石巻市震災遺構 門脇小学校

津波と火災の被害を受けた校舎が保存されている。実際に目にすると、言葉を失う。
理科の授業で、電気の働きを学ぶ玩具で遊んでいた最中だったそうだ。机を教室の後ろに移動させて遊ぶという「学校あるある」とも言えそうなありふれた日常が、突然奪われることの衝撃は、計り知れない。


・石巻南浜津波復興祈念公園

石巻市慰霊碑。亡くなった方々の名前が刻まれている。
みやぎ東日本大震災津波伝承館。柱が津波と同じ高さらしい。想像を絶する。


・12:30  昼食(海鮮丼)

水産総合振興センターにある食堂で提供されている。新鮮な魚介がふんだんに盛り付けられており、大満足。ただし2300円。財布の悲鳴が聞こえた気がした。


・15:00  中尊寺

岩手県・中尊寺。源義経のホストファミリー、奥州藤原氏の庇護を受けた寺である。
本堂も見事だが、それ以上に金色堂と讃衡蔵(宝物館)には度肝を抜かれた。写真撮影できないのが悔しいが、「いちばんたいせつなものは、目に見えない」と星の王子様も言っていた。旅行記でも、きっとそうだ。
目に見えるのは、たいせつじゃない撮影スポット。

・19:00  レンタカー返却、夕食

・20:00  ホテル到着


【3日目】

・8:00  仙台駅

3日目は帰るだけなので、特にどこにも行っていない。一応「旅行っぽさ」を演出しておく。


・9:00  仙台国際空港 出発

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 以上が2泊3日(実態としては2泊2日に近いが)の旅の全行程である。自己満足の旅行記ではあったが、少しでも楽しんでいただけたなら書いた甲斐がある。

 この旅行で特に印象に残っているのは、第一に石巻市の東日本大震災関連施設、第二に中尊寺金色堂だ。この両者から共通して感じたのは、「祈り」の力である。

 中尊寺金色堂は、極楽浄土を現世に再現することを目指して建てられたそうだ。偏執的とも言える緻密な金色の細工や、木から丁寧に彫り起こした仏像からは、極楽往生を願う当時の人々の狂気的な祈りが感じられた。極楽浄土を再現したからといって極楽浄土行きの切符が手に入るとは僕には到底思えず、その努力は平和を祈ってピンフをあがるような見当違いのものにも感じられたが、とにかく彼らの祈りは1000年間、中尊寺で生き続け、2023年の僕に届いている。

 震災遺構に込められた、明るい未来を祈る気持ちは、少なくとも12年は残ってきた。あと1000年、残るだろうか。残ってほしいと思っている。何かを祈る強い気持ちは、直接的な効果はなくとも、どこかの誰かの心を動かし、そしていつか世界を変える、かもしれない。そう信じたい。

「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」

『砂漠』伊坂幸太郎