見出し画像

夏の終わりの神宮球場

数年前、ヤクルト阪神戦のナイトゲームを観に、神宮球場を訪れた。

元野球少年の僕にとって、プレーボール前の球場の緊迫感や打撃音、捕球音は、40過ぎた今でもワクワクする。
幼い頃、今は無い平和台球場に連れて行ってもらった時の記憶が鮮やかに蘇る。

席はバックネット後方の最上段近く。
ピークを越えたセミの鳴き声と、そろそろ旬なひぐらしが、暑いながらも夏の終わりを感じさせた。

油っぽい唐揚げとしっけたたこ焼きをつまみに、最初のビールを勢いよく飲み干す。
ビールの売り子さんが中々タイミングよく来ないなぁと周囲を見回していた時、前の列に座るおじいさんに目が止まった。

おじいさんは、いなり弁当と助六弁当を、2つ同時に食べていた。

最初はよく食べるおじいさんだなと思って眺めていた。


おじいさんと長年連れ添ったおばあさんは野球が大好きで、よく2人で野球観戦に来ていた。子どもがいなかった二人は、仕事を終えた夕方に神宮球場を訪れてはおばあさん手作りのいなりと巻き寿司を仲良く食べるのが楽しみだった。



今日はおばあさんの命日。

おじいさんはいなり弁当と、巻き寿司を持って神宮球場にやってきた。

日の明るさが残ったままの球場に、ナイター照明が灯される。

僕は、涙が止まらなくなった。
ぼやける視界の先に、おじいさんの隣にちょこんと座る、おばあさんが見えた気がした。

退屈なゲームとはいえ、勝手に妄想した挙句ひとり号泣する僕に、連れは呆れた顔をしながらも、そっとハンカチを差し出してくれた。

もしかしたらあのおじいさん、ただの食いしん坊だったのかも知れない。

あの日、東京音頭を初めて聞いたけど、阪神戦なのに「クタバレ読売」と歌うんだと知った。

今年もようやくプロ野球が開幕する。

この記事が参加している募集

夏の思い出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?