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月曜モカ子の私的モチーフvol.261「突然に始まる」
運命のパリ、神保町のパリからまだ1週間しか経っていないのに、この数日の間に人生が3回ほど宙返りしたようなそんな感じ。
えっ、わたし「月モカ」飛ばしてないよね!?
てことはまだ7日しか経ってないの!?そんな感じ。
「神保町のパリ」との出会いを綴った先週のエッセイは非常に自分の飛び跳ねた心をうまくキラキラまとめることができたし、あの「セレンディピティ」の感情を上手に閉じ込められ、大変満足。しかもPASSAGE ALL REVIEWの皆様や鹿島茂さんご本人もRTしてくださったことでおそらく月モカ史上最高のインプレッション数を記録した。とりたててスキ💓は増えておらぬがそういうことは全くもってどうでもいい。
わたしは大変気分良く草津温泉へ出かけた。
素晴らしかったオーベルジュ”Kei”のアーカイヴもまだvol.1(1日目)しかまとめられぬまま、運命は突然わたしをアラビヤへ連れていく。
アラビヤの再来を「運命」と呼ぶことはできない。運命!というのは神保町のパリのようなことを言うんであって、セレンディピティ!みたいに音や光が鳴るんであって、わたしにとってアラビヤというのは「古い恋人からの便り」みたいなものである。なのでわたしはそれを『たまたま』と呼びたい。
(「運命」の3階の美しきカフェの美しき本棚では、このように宵巴里が自由にお読みいただけます)
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こちらに連れてゆくための手配をしてくださっているところである。
もちろんアラビヤはかつてわたしの「運命」だった。あのアラビヤがなければわたしはきっと今、こうではない。リワ砂漠で啓示を受け、シャルジャの天文学の部屋で雷に打たれなければーー人は猿から進化したんじゃない、だとしたら叡智の進化が止まりすぎている、むしろ後退している、ということは"最初"がマックスだったんだ、つまりそれはきっと誰かがインターステラーしてきたのだろう、この惑星に。わたしはこの考えにとり憑かれた。いまもなおとり憑かれ、ノーランを観続けているーーきっとコツコツと直木賞を目指し「売れ」にこだわり続け、そこそこ日本では知られた作家になっていたかもしれない。アラビヤが何もかもわたしを変えた。けれど同時にそのことはキャリア的には順風満帆だったわたしの作家人生を思いも寄らない方向へ導いて行った。その方向こそ「運命」であったが、アラビヤでの思い出や記憶は時とともに遠のいていき、連絡を取り合っていた人たちも一人、また一人と疎遠になり、ドバイ在住の人たちで友人と呼べるのはウクライナ人のエレナのみと思えた。
なので全てがたまたまだったのである。
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わたしはウクライナも経由している。
これは「ロシア文学」と書かれてるけれどもウクライナの物語。
わが二十年来の後輩さおりと智子が二人でドバイに旅行することになったのも、彼女たちには彼女たちの知り合いのガイドなどがつくだろうと余計なことをしなかったのも、けれどエレナには美味しい中東料理の店を訊いてみたことも、そしたらエレナが「中東料理全然詳しくない」ってなって、
どうなるかわからんが「ジャマール閣下に聞いてみようか、あの人は地元の人だし」ってなって、ジャマール閣下に連絡をしてみたことも、
閣下がすぐにレストランを手配してくれたことも、翌日彼の図書館にさおりたちを招待してくれたことも、さおりがジャマール閣下と会うことになったことも、さおりが「宵巴里」をトランクに入れていたことも、全く!全くもって「たまたま」だったのである。
なぜならわたしは「神保町のパリ」と素晴らしいオーベルジュ「Kei」に浮かれちぎっており、気づいたら彼女たちはドバイに着いてしまっていたから。
こうしてまた、閣下との関わりが再開した。
ドバイで1番偉いお方がシェイクモハメッドさん。そのシェイクとじかにやりとりしながら、財団のトップもつとめておられるのがジャマール閣下です。彼は有名な詩人であり、また彼がパーソナリティの歴史番組はUAEにとどまらずアラビア全土で凄く人気があるのだそう。
— 中島桃果子 (@moccatina) January 26, 2015
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もちろん「たまたま」とは言ったけれど、そこには20年来の後輩だったからこそ起きたという部分はあるよね。飛行機でゆっくり「杉田さんの新刊でも読もうか」と思ってトランクにそれを、入れてくれたことは、たまたまというよりはわたしたちの絆であるから。
(さおりは2012〜2014年くらいまではFBの小説家ページの管理人もしてくれていましたよ)
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オーベルジュ-kei炯-は、どことなくとても神秘的な、先週に引き続いて言うとマーフの本棚(ノーラン先生の「インターステラー」ご覧ください)のような宿だったので、静かに瞑想するにはぴったりというか(笑)
竹をずっと眺めていると合わせ鏡の奥に入っていくのとおんなじ感じがするというか、そんな不思議な所だったのと、部屋に持ってきたはずのトートバッグが消えるという出来事(結局はわたしが送り迎いのマイクロバスに忘れていただけ)に遭遇したこともあり、いろんなことを考えた。
考えたことはとても単純で「物質の空間移動について」そしてそれが単なる自分のミスとわかってからは「人間の思い込みという現象について」笑。
物質の空間移動については大好きなコナンドイルの人生にまつわる面白い記事と「セレンディピティ」に続き「アポーツ」という新しい言葉に出会うことができた。
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思えば古い恋人は「すぐそこまで」来ていたのだな。
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思い込み、というものについて考えていた。客観的視点を持つが故の思い込み。について。つまり勝手に"自分には才能がある!"といきなり思うようなことではなくて例えば(A)「本当は宵巴里100万部売りたいが、イーディとがんこ堂で売っているだけの現状ではそれは不可能だな」みたいな思い込み。
(※注/わたしは宵巴里は、かかった初版800部の140万円が重版で回収できたらそれでいいと思っているのでこれは例え)
そして(A)を実現したいなら(B)「まず日本でいろんな本屋さんに営業して、大手出版社にも謹呈して、あと流行りのインフルエンサーにも読んでもらって記事書いてもらって」みたいな誰かしらーー大概の業界の人ーーからのクソみたいな提案。
(そしてクソみたいな提案をしてくるやつは大概が業界のやつ、というのも自身が味わったこの2年の業界からのクソな対応からくる決め付け)
(A)も思い込みだし(B)も思い込みだ。
つまり客観視している目すらも自身の主観を通過していると考えれば全てを疑ってかかる必要がある。
わたしは8年前から閣下に大変溺愛して頂いている。
(おそらくですが…)
が、それを聞いた8割の人が言う「イスラムは戒律が厳しいけど海外の女にはゆるいから遊びにうってつけなだけでしょ」とかいう、それも思い込みだ。
閣下フォロワー14万人もいるから遊ぶのにわざわざわたしじゃなくていいやろ!(とかっていうのもただただ下衆な思い込み、かもしれんよな)
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ここ数週間文月悠光ちゃんの作品を繰り返し読んでいて、彼女が「言葉」というものの輪郭を追い求めその手に捉えようとし続けた、そしてなお”している”生き様が本当に美しく尊いなと思って、そして彼女は14歳の頃から一つもブレていない、とも感じた。彼女は14歳の頃から一貫して気高い詩人なのである。わたしと文月悠光ちゃんは一緒にアラビヤでひと月過ごした。
だけど彼女は「詩人である」という彼女の所信をけして手放したりしなかったのである。
で、同時にわたしなのですが、
すぐ下の妹めっくすが書いてくれたブログキャッチコピーによると、
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感じること書き記すこと、前に進むことが、中島桃果子です。
なので、まあ「中島桃果子」ということからはブレていないし「愛とあたしの中の綻び」と永遠に今も生きているという意味ではぶれていない。笑。
つまりはアラビヤとぶつかったが最後「直木賞とかベストセラーとかどうでもいい!」みたく感化されちゃう行為こそ中島桃果子なのであるから、それでよかったっちゃよかったんである。
(リワ砂漠での不思議体験に関してはこちらで対談しています〜✨👁✨)
しかし綻びと生きているくせに案外真面目な所があるので「小説家」と言われれば小説家らしくしようとし「女主人」と名乗ればそれらしくあろうとして、一見それとは異なるタイムラインへ自分をいざなおうとしている扉を、見ないように、開けないようにしてきた。けれどもそれって
「思い込みによる人生の富の遮断ではないか」
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「富の遮断」という言葉を使ったのはMarieさんで、この一連は結構スピった内容なのでまたラム子の方に書きますが、Marieさんがいうには「富、というのは何もお金だけじゃない、時間や誰かとの繋がりや、感情や、あなたを豊かにするものすべてのもの」を指すらしい。
それで「モカコさんが”こうであらねばならない”と思っているすべてのブロックを外して、あなたがまっすぐあなたの富を受け取れるようにします」と言った。
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例えば、イラッとする人がいるのを承知で正直に書くと、わたしは、
『自身の天真爛漫さをやっかまれないようにしないといけない』
ということを常に考えてきた気がする。
でももしかして自身の天真爛漫さこそが「書く」ことより「商才」よりも大きな自身の持ち得る富だったら、どうする?それを発動することによって書いたり、店が回っている逆の図式だったとしたら。
それは自身が自身の富を押さえ込んでいるということにならない?
小説家になってから、小説以外のことを評価されると、同業から嫌われるのではないかと思っていた、あるいは「作家とみなしてもらえないのではないか」とか。けれど正直わたしは「パラレルワールドのようなもの」を読んで、真の詩人はこうだと思った。凄まじかった。
うち震えた。
こんなもの、土台わたしに書けないし、土台そんな所に自分はそもそもいなかったのだ。
そしてこれも語弊を恐れずにいうんだけど、わたしは中島桃果子だから、
感じ書き記し前に進んでいれば「中島桃果子」なのだ。
そしてわたしは「書き記し」に関してなら誰にも負けない。
アラビヤから帰国後、ふと思い立って趣味のものとして始めた週1のエッセイ「月モカ」も9年目を迎え、今日261回を迎えるのだからね。笑。(2019年イーディを開店し2年ほどお休みした)
つまり真の小説家かと問われたら難しいが、小説家を名乗れるくらいのいい作品はいつでも書いている。
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だからもしかしたらわたしが死んだとき、わたしは著作よりもその謎な交友関係が話題になるタイプの人間なのかもしれない。そしてもしかしてそれこそがわたしそのもの、なのかもしれん。
(……という感覚すら漠然と持つくらいで決めつけないのがいいのだろうな)
わたしの追いかけた長谷川時雨その人も、そのような人だった。
まさにサロンの女主人で、時代の中で大きなうねりを作った人だが、その著作の内容そのものはあまり話題にならない。
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2015年、ジャマール閣下がわたしを大切に思ってくださっていることはすべての方面にとって良くなかった。わたしは国の仕事で行っていたし、そこには石原慎太郎財団や幻冬舎やいろんな絡みがあって、このお仕事の大元と言える向こうの財団のトップである閣下と個人的に親しくすることは、仕事上あまり良いといえなかったし、自分をアラビヤへ連れてきてくれた幻冬舎との関係も悪くなったら嫌だなと思い、翌年閣下が来日された際も、対面を断った。
またその時働いていた銀座のラウンジでも、アラビヤに行く前は皆が冗談で「アラブの石油王をつかまえてこい」みたいなことを言っていたのに、
その後「結局空振りだったな」みたいな軽口を言われた時に「でも閣下からは毎日バラのスタンプが送られてきますよ笑」と返したら、その夜ママに呼び出されて「国の税金で仕事に行って向こうの男をたぶらかすなんてどういうつもりなのか」と説教された。
(男と女を枕でしか見てないのはお前だろといま言い返したい!💢)
アフターで行った深夜のオーセンティクBarはとても静かで、そこに「国の税金で不埒なことをしに行った低俗な小説家」というママの怒号の説教が響き渡り、わたしは悔しくて泣いた。
ママは銀座のママだから大変忙しいのにアラビヤの前には高い着物をわたしにくれて、毎日17時に着付けも教えにきてくれた。そういう愛情のある人だった。なのにそれを一切忘れ去れてしまうような誹謗中傷を、
愛だと思って、躾だと言って、いつもするのだった。
だからママには、ジャマール閣下がどれだけ偉大でどれだけわたしに忘れられない人生の目標を与えてくれたか、語る隙間もなかった。
つまり相対的な評価そのものが地球🌏規模で考えた場合にまるで無価値というか、意味を成さないと感じたとき、自分が目指すべきことは、直木賞じゃないんだろう、もっと普遍的な何かではないかと思った。
— Innocence Defineーイーディー (@InnocenceDefine) February 11, 2023
最後の晩餐ならぬランチで偉大な詩人でもある閣下は言った。
「我々筆を握るものの使命それは」
「たとえ明日世界が滅びようとも滅びゆくその右手🖋で何かをプラント🌱する。それこそが筆をもつ我々の仕事だ」と。
— Innocence Defineーイーディー (@InnocenceDefine) February 11, 2023
その時からわたしはその使命に向かって生きている。だからこの根津の路地は十分すぎるほどの場所なのだ。滅びゆく世界の綻びをこの右指🖋で掬うには🌝
嫌な記憶は人の行動の勇気を妨げる。
わたしは極力閣下と連絡を取るのを控え、
ギリシャに行った報告を最後に、閣下とはやり取りしていなかった。
なので当然、さおりと智子にもエレナを紹介した。
そしてエレナもとても良くしてくれ、今は会計士として働く忙しいスケジュールのオフの日に、一緒にキッテビーチに凧揚げを見にいかない?と誘ってくれた。
たまたまその時さおりと智子は砂漠にいて、たまたま彼女たちは朝食を食べ損ねてお腹が死ぬほど空いていて、そして彼女たちはMandi(中東の郷土料理)が食べたかった。なのでたまたまわたしは閣下に連絡をとってみた。それだけだったんだ、ほんとうに。
ほんとうにすべてはたまたまで、わたしは彼女たちのドバイ行きに乗じてジャマール閣下に新刊を渡そうなど思いついてもいなかったし、連絡先も変わっているかもしれなかった。
そしてたまたま「閣下という友人がいるかもしれない」と言ってジャマールさんを紹介したわたしを彼女たちはもちろん責めたり、茶化したり、しなかった。
「閣下とそんな気さくな関係の杉田さんが素敵💕」
20年来の後輩のその1行のテキストが、わたしの心にあった重たい雲を吹き飛ばした。そうだよ、どうして、閣下と仲良くしてはいけないんだ!?
たまたま友人に、ドバイの閣下がいるだけじゃん!
そしてその人が8年経っても変わらず親身に大切にしてくれてるだけじゃん!
そしてまたわたしは-Kei-の不思議な空間へ逆戻りする。
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人は、思い込みの産物なんだなって。
閣下と仲良くしちゃいけないってなんで思っていたんだろう。
そんな思い込みがなかったら「さおり宛て」のサインが書かれた宵巴里を渡すこともなく、ちゃんと閣下宛てに、もっと早く宵巴里は謹呈されていた。
まあでも良いのです。
あと数ヶ月もしたら、閣下はイーディに、栞の珈琲を飲みにくる。
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月モカvol.261「突然に始まる」
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☆モチーフとは動機、理由、主題という意味のフランス語の単語です。
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