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半年間の本気の“ボディメイク”からみえた景色

2022年2月から7月17日まで、自分の身体を史上最高の状態にするため、運動量の管理・食事管理・睡眠管理を徹底的に追求して、はじめての本格“ボディメイク”に取り組んできました。

「おれはどこまでやれるのか?」

そんなことを今年2月に思い、ワクワクした新鮮な気持ちからスタートしました。


やる目的は2つ。

1、アスリートのように、何かに挑戦する機会を創りたかった
2、自分の限界に挑み、「やりきる」ことによる何かを残したかった


まず、この半年間の感想を述べると、
「最高に充実した日々で、最高の人生経験になった!」
というところ。

胸を張ってこれを言えるので、このnoteに記すことは超Happyな体験談であり、今後の僕を間違いなく支えてくれる経験です。

なので、言葉にして残し、いつか辛いときに振り返るきっかけに、
そして周りの誰かのがんばるきっかけになれたらと思っています。

改めて、フィットネスは最高です。
自分のカラダを変えるという経験は、間違いなく自分を強化し、精神的にも成長させてくれます。
有限の人生のなかで、この経験ができたことに心から感謝しています。

※(この記事は5分で読み終えます)

大会当日


ボディメイクに本気で取り組むと決意した背景

そもそも、なぜボディメイクに取り組もうと思ったのかというと、
きっかけはある日のとあるバーでの“出逢い”でした。

たまたま同じ会に居合わせた人が、トレーニング界では有名なライザップでトレーナー経験を経て、今はBVEATSというイケイケのサブスクフィットネスジムで活躍中の経歴を持つトレーナーであり、そこで話をしたことが始まりでした。

トレーニング自体は、大学3年から本格的に始め、4年の頃には当時同じ学部の仲間にトレーナーとしてついてもらい、パーソナルトレーニングを受けていました。

当時から数えると5年。
筋トレは自分の習慣になっており、完全にライフスタイルに組み込まれていました。

筋トレを通じて得られるものは、

自信
・時間術
・栄養知識
・ポジティブマインド
・ホルモンバランスのととのい
・理想形を追うプロセスでの学び
・やった分がそのままリターンする見返り
・チャンピオンマインド(他の領域への圧倒的自信)

などなど、挙げれば枚挙にいとまがありません。

筋トレ自体も嫌いじゃないし、良いことばかりだし、そこそこ成果は目に見えていて、まあまあ筋肉は一般人よりはあって、まあ悪くないんじゃない?というレベルにいました。


ただ、バーで出逢ったトレーナーは一歩先の経験をしていました。


【ボディメイクのコンテストに出場し、入賞を果たす


このときのトレーナーの写真をみて、めちゃくちゃかっけえな、と思いましたし、同時に「おれもできるな」と率直に思いました。
いま思えば、なんで未経験のことになんでそんな自信が芽生えたのかはわかりませんが、おそらく筋トレで培ったチャンピオンマインドが原因です。笑

大学でアスリートを引退してから、自分のカラダを使って順位を競うような、スポーツのような、そういう刺激は4年近く離れていました。

ここでなにか、「アスリートのように生き続けたい」という自分の心に火が灯ったのを明確に思い出します。
次の日、すぐにトレーナーに連絡し、再度話を聞かせてもらう機会を創りました。


「おれもコンテストに出て、自分史上最高のカラダを作り、優勝する。サラリーマンで仕事しながらでもできる。ビジネスアスリートのように生きて、自分のやりたいことを仕事と両立させることを実現する。」


半年後にゴールを設定して、生まれて初めて本格的にボディメイクをすることを決めました。


ボディメイクで得られた【充実】と【苦痛】

増量期間

2月からスタートしたボディメイクは4月の中旬までの2ヶ月ちょっと、筋肉量を増やしながら全体的なサイズを大きくしていく「増量期間」でした。

そこでやったことは、
・運動量を増やす
・重量重めのトレーニングを繰り返す
・規定量のカロリーを摂取する
・休息もよくとる

大して特別なことはなく、よく食べ、よく動き、よく寝ることです。

ただもちろん、暴飲暴食をしても正しく筋肉は増えていかないので、
栄養バランスには気を遣いながら食事をとります。
この頃からトレーナーの指示もあり、カロミルというアプリを使って食事内容やカロリーの管理をし始めます。

カロミルで栄養管理


正しく着実に体重を増やすには、決められた量を正しく、毎日着実にこなしていく。ただただその繰り返しです。これは減量も一緒。

ここで得られた「充実」は、確実に、着実に日々「強くなっている」と感じられている実感。
筋トレを通じて自分自身が前進している実感を得られたことです。

一方で「苦痛」は、当たり前のことを毎日継続することの難しさ。
ただただ、決められた規定量の食事を摂る、この作業が何でもいいか、と投げやりになりそうな瞬間がたまに現れる。ここに打ち勝つ。とにかく当たり前を当たり前に実行する習慣をつけるのが、この増量期間でのミッションでした。

増量期のごはん


減量期間

4月中旬、ちょうど17日となった日、コンテスト当日3ヶ月前となります。

このタイミングで「減量」が始まります。
ここから増やしてきた体重を落とし、極限まで体脂肪を削減していきます。


3ヶ月を大きく分けるとこんな感じ。

①1ヶ月目:減量初期
②2〜3ヶ月目:減量中期
③2週間前〜:減量末期

①の期間は楽しむ余裕がありました。
少しずつ食事を減らしていき、運動も継続。無駄なものも一切口にしないので、体調は良くなるし、頭も切れていく。睡眠の質も初期のタイミングでグッと向上したことを覚えています。仕事もすごく忙しいタイミングでしたが、良いパフォーマンスを残していました。

②の減量中間期に入ってくると、MAX体重から6〜8kg落ちてくるタイミングになります。明確にカラダから脂肪が減っていき、見た目も明らかに変化しました。間違いなく人生で“最も絞れている”状態。
生まれてはじめての領域に到達しました。このときの体脂肪率が7%ほど。

あとで振り返れば、このコンテスト1〜2ヶ月前の体調が最も変化が激しく、毎日が異なる状態でした。

カラダが重い、
体重が停滞する、
脳の働きが悪い、
空腹が限界にきてる、
野菜や豆がうますぎる、
夜、なけなしの梅干しを食べて涙を流す
自転車を漕いでも全く前に進まない、、、

などなど。
このときに生まれた感情や見えたものは、今後のぼくの人生で大きな糧となりそうです。
極限に近い日も何度もあり、毎日、仕事をしているとき以外はトレーニングか食事のことを考える。コンテストで優勝していることをイメージする。夜は泥のように眠る。毎日その繰り返し。

減量メシ


いよいよ③になり、残り2週間の追い込み。
ここで減量末期と呼ばれる、最後の絞り込みの期間がきます。

カラダはきついですが、メンタルは完全に強くなっていました。出来上がっていた感じがします。
きつい時期を乗り越えて、舞台も直前まで迫ってきている。ここまでくるともう、完全にゾーンに入っています。目が決まっていて、同僚にもオンライン越しでも心配されるレベルです。w
頬はこけて、目は充血していて、肌は真っ黒(コンテストに向けて日サロで焼いていました)。ギリギリの状態でした。

最後の追い込みはここ半年で最も低いカロリー設定、1日で摂取する水分や塩分の調整もg単位でものすごく細かく行っていきます。

細かいし、面倒くさいし、早く解放されたい思いもありましたが、ここまで来ると優勝する、という思いだけがカラダを動かし、生きる糧になっていました。もはやモチベーションは必要ありませんでした。当日に最高の状態をもっていき、半年間の成果を思い切りぶつける
この気持ちが勝手に自分を突き動かしてとにかく自分の変化を楽しめる状態でした。とても強い思いでした。

大会前日


減量期間で得られた充実は、「圧倒的我慢」「ブレイクスルー精神」
この2つから得られた成長です。
もう二度としたくない、と思えるほどきつい時期もありましたし、かなりの制限しているのに、全く体重が落ちない時期もありました。
「変化がない」時期を経験し、向き合い、ブレイクスルーするまで戦い続けられた先の成長、これ以上にない充実を感じることができました。

そして「苦痛」はエネルギーがなくなっていく中で頑張らないといけないこと。これだけであり、これが全てです。笑

結果とこれから

当日の決戦着

ボディメイク大会の出場に向けて、
今回の目的は「挑戦」と「やりきった先の景色を見る」ことでした。

仙台での大会に出場し、結果は予選敗退。
見事に負けました。
周囲の人には、「7月17日の仙台大会で優勝する」と公言していただけに、負けを知ったときは頭が真っ白になりましたし、悔しくて悔しくて、結果を受け入れることが難しかったのを覚えています。
応援にきてくれた同僚、仲間、トレーナーにも申し訳ない、という思いがありました。

ただ、ここでの「挑戦」は自分に自信を与え、やりきった先の景色はとんでもなく素晴らしいものでした。

自分にとって、これまでにないほどに、やりきれたと思います。
仕事とはまた違う、肉体的な限界と戦う機会は生きていてもそうそうありません。これを乗り越えられたので、大半のことは大丈夫なマインドが出来上がりました。笑


そして、「見えた景色」、これは意外でした。

結果として、敗退を味わった「悔しい」思い。
足りなかったなあと感じた、なにか虚しくもある景色。

もう一つ。
仲間がかけてくれた言葉や表情の先にあった景色

「おつかれ!」
「カラダやばい!」
「応援に来てよかった!」
「すごく刺激された!」
「本当にかっこよかった!」
「一番いい体だったよ!」
「フィットネスやってみる!」
「カラダを変えたい!」

この言葉の数々が、やりきった自分を後押ししてくれたような感じがしたのと、
「やりきった」という行動から、影響の範囲が自分を超えて「周囲」へ及んだのかもしれない、と感じた瞬間でした。

このことは、大会に出ると決めたとき、半年間のプロセスの中では予想していなかったことであり、本当に心から嬉しいことでした。

なんと言ったらいいか。
今思い返しても、涙が出るほど嬉しい経験でした。

マイトレーナーまさと
同僚のみんなが仙台まで応援に来てくれました!嬉しい!

突出したものなどなく、なにかのプロになれたわけでもない自分が、半年間夢中になって、毎日決めたことをやり続け、目的・ゴールに向かってひたすらに日々を過ごすことをやってみると、少しは周りにも影響を与えることができるのかなと感じたこと。
この経験は、「ボディメイクの大会に出る」の影響範囲を大きく超えていました。

仕事でも、プライベートでも、次なる挑戦でも、自分の成したことが自分の成長となり、その輪が周囲に広がり、誰かの影響や行動のきっかけになる、
こんな状態を今後も目指したい。そんな日々を過ごしていきたい。と思っています。


「自分でもできる」
大会前に感じた思いは、意外な形で実を結び、感じることができました。

次に目指すは、シンプルに「結果を残す」です。


そして、ここでは書ききれなかったことがありまくりですが、
このボディメイクを通じて関わってくださった方がたくさんいます。

ボディメイク出場のきっかけをくれた「こまさん」(トレーナー)

ずっと地元地元八王子で最高のサポートをし続けてくれて、ギリギリのところを最後の最後まで支えてくれた「まさと」(トレーナー)

出場を応援し、体調を気遣ってくれて、時折ヘルシーで栄養価の高い食事まで用意してくれた家族

ギリギリのカラダを最高の治療によって改善させ続けてくれた姉

当日最高の状態にもっていくため、皮膚状態までを診て最高級のレベルの治療をしてくれた治療家の藤原さん

仕事中も死にそうな顔になっていたものの、最後まで応援してくれて、しかも仙台の現地まで来てくれた仕事の同僚たち

「ボディメイク大会出るよ」と言ったら「まじでがんばれ!」と背中を押し続けてくれた友人たち


仕上がった背中w

本当に皆さんの協力があって、実現できたことです。
結果として勝負には負けましたが、弱い自分に打ち勝つことができました。
心の底から、感謝しています。

ありがとうございました。

この経験を少しずつ、形にして返していけるように、またやりたいことに本気で向かって、進んでいきたいと思います!!


2022/09/04
渡邉 峰丈


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