現在開いているのはスーパー、薬局、テイクアウトとデリバリーのみの飲食店。それと個人経営の小さなお店。 近所のいつも行っていた銀行、公園、コインランドリー(徒歩圏内にある3軒)、パン屋、カフェ、ベネズエラサンドイッチのお店が全て閉まってしまった。 それは徐々にではあるが、水が足元からだんだんと溜まっていって、息苦しくなるような感じ。 変わり行く風景。毎日の苦しく悲しいニュース、批判。 それでもいつものような生活を送ろうと、見た目にはわからない心の中の葛藤がある。私たちの
前回書いた記事が入院のことだった…。心が折れてその後は書けず。 (色々ありましたが元気です。) そしてあっという間に世界はこんなことになっている。 買い込みはせず、必要最低限のものだけで生きている。 外の世界は"Shelter in Place"発動中。 皆口を揃えて"Stay Home!"と呼びかけている。 外に出たい子供達には辛い時間しれないが、私にとって絵を描く毎日ということには変わらない。 失敗して、やり直して、学んでみて、また失敗して、の繰り返し。
(これを書いている現在、既に退院しています。気力がなく、全く書く気にならなかった。)2回診察→検査→ER→入院 という流れ。 前回はこちら。 超音波検査をした施設でERに行くことを勧められる。 私としては歩けるし、痛みもあるけどタイレノールで抑えられる程度だったので、施設の人の「驚愕!なんでこの人普通に歩いてるの?」という態度のギャップが本当の体調を間接的に知ることになり、恐ろしい。 「救急車呼べるよ、タクシーで行くの?」 むしろ地下鉄で行けるし、戸惑いしかない。
2回診察→検査→ER→入院 という流れ。 (これを書いている現在、既に退院しています。気力がなく、全く書く気にならなかった。) 入院した人が読む入院のための本というのが手軽にあればいいのに、と思ったことからこれを書くことにする。 もともとは久しぶりの韓国焼肉、そしてその後K-Townで食べたたい焼きのせいで食中毒になったのかと思った。 この子のせいか?いや、食い意地が張っている自分のせいに間違いない。 帰宅途中から胃もたれのような感じで気持ちが悪く、帰宅後、激しい腹
単純作業の仕事をしてる時、頭が全く動いていなくて、手だけが動いていると感じる時がある。 パソコンのモニターを見ながら、考えているようで何も考えていない。手だけが仕事をしてくれている。 音楽を聴いていても、ラジオを聞いていても、聞いているようでただ頭の中を通過しているような感じ。 オートパイロット中、その時間は何のためにあるのだろう。 意味があるのかないのかわからない私の時間はどこに行くのだろう。 高校生の時、なぜだか毎日眠たくて、それでも学校に電車で通っていた。
I'm jealous of the moon, because you look at it. Jealous of the sun, because it warms you. I feel you, even when I'm not feeling you. I talk to you when I'm not talking to you. I love you, even when I'm not loving you. Jean-Michel Ba
数ヶ月前、 ガス会社から任意でガスメーターの調査に来たいと連絡があった。ガス漏れがあるかもしれない、とのこと。 アポイントはアメリカならではの「午前」か「午後」の二択。何時、とかいう生ぬるい選択はない。 午前を選択して、大家さんにも連絡して朝から待機。8時、9時となんともなく過ぎて気が付いたらお昼の12時を回っていた。 すぐさまガス会社に連絡。調査が必要かもしれないという、切羽詰まらない理由で家に拘束されているのは見えないストレスだ。買い物にも散歩にも行けない。 ガス
作家の訃報に接する。その時に思うのはその人が作った作品のこと。 それが合ってるのかも間違ってるのかもわからない。 最近知ったアーティストや、好きだなあと思った作品の作家さんが若くして亡くなっていたことを知る。その時にわき起こる、もやもやしたなんとも言えない感情。 古典とカテゴライズされる作品はは当たり前に全て亡き者が残したもの。 「作者不明」とクレジットが付けられるような歴史上の作品もある。 クラシック音楽は昔々に作曲され、今に生きる人が演奏したものを聴くことができ
数ヶ月前に作ったetsyのお店で売っている物が売れた。 初めて、売れた。 etsyでお店を作った経緯は、最近出会ったある人に「予算あるし買いたいから、リンク送って!」と言われたから。ほぼその人に向けて作ったものだった。 が、蓋を開けてみたら、できが良すぎるという謎の理由でその人には売れず、アメリカの少し遠い州にある図書館に売れた。図書館のコレクションになる、はず。嬉しい。 一つSaleがあったことで、雨でどんよりな1日が楽しくて仕方がない。 郵送の手順を確認して、プ
今日は午後に以前から決まっていた面接が1件、の予定でいた。 午前中に電話がかかってきて、その面接の後にもう1件面接することになった。面接のはしごになるとは。 ずっと外で働いていないので、知らない人と話すことも、新しい場所に行くこともなんとなくワクワクのつもりでいた。 面接は滞りなく行われ、たと思われる。思いたい。 でもなんだか面接に魂を奪われたというか、それからもぬけの殻、というか。(もぬけ、とは一体) 近くの日本食スーパーに行っても、いつものようにテンションが上が
去年のクリスマスに台湾に行った時、驚いたことがあった。 お友達の住んでいる桃園から台北までの電車の中で、混んでいても混んでいなくても優先席に若者が座らないということ。まるで優先席には座ってはいけない、という決まりがあるかのようだった。 そして子供連れのおじいちゃん、おばあちゃんが来たら、優先席にふわりと座る。特権とかそういうことではなく「そういう風にできている」といった空気感があったような気がした。 その空間にいること自体、なんだか幸せな気がして、台湾の電車が混んでいる
ラジオで聞いた 「認むる」という言葉。 マ行下二段活用の動詞「認む」の終止形。 「認む」の口語形としては、マ行下一段活用の動詞「認める」が対応する。 「認むる」は文語から口語に変わる過渡期の表現です。したがって、口語文法では「誤り」となりますが、方言や老人語として考えれば「誤り」とは言い切れないのです。口語の「認める」はマ行下一段活用の動詞(他動詞)で、終止形と連体形が「認める」です。そして、口語の下一段活用動詞は、文語ではすべて下二段活用動詞であることをお伝えしなけれ
偶然ものすごく近所に引っ越してきたお友達とランチに行った。 家から出て数秒で顔が見える、嬉し恥ずかしの距離。 近所でリラックスしているのか、すっぴん、普段着のお友達はものすごく可愛らしく見えた。 駅前のメキシカンに行ってみたらランチは閉まっていて、反対方向にある最近できたタイ料理へ。 お友達はランチセットのトムヤムヌードル、私は滅多に食べないPad thaiにした。いつも頼むグリーンカレーはものすごく少量で、サイドにsticky rice(タイ米のもち米)を頼んでごま
洗いかごの片付けをした。お皿を元の位置に戻す。 シンクの上のキャビネットを開けた時。 ジップロックが置いてある場所。 え?ジップロックに何か入っている。 使いかけの鶏肉のパック、だった…。 いつからあったのか?冷蔵庫に入れるべき物をジップロックに入れて、キャビネットに置きっ放しにしていた。 呆れるを通り越して自分を疑う。 見た目には変わりはなさそう。でも現実を直視することはできなかった。 息をせずにそのままゴミ箱に捨てた。 スーパーで買ってくるチキンが生々し
歩いていたら、若い男の人に足を踏まれ、 え?と思っていたら、次に出た足も同じように踏まれた。 つまり、両足を踏まれた。 こんなこと初めてだったので、びっくりして彼の顔を見てみたら、肩をぽんと1回叩かれ、 Oh, I'm sorryとものすごく小声で言われた。 もちろん男の人にがっつり両足を踏まれて足はジンジン痛いのだけれど、悪気があったわけじゃないし、なんとなくわかるよね、謝ってくれてえらいよねと怒る気は待ったく起きなかった。お天気はぽかぽか陽気だし。 でもやっぱ
今日は午前中に走って、午後は雨。 耐えられない眠気に昼に寝てしまった。 起きてからは制作。 少しは進んだ気もするが、最初から全てやり直したい気持ちもあり、葛藤。 明日は悪あがきをする日にしよう。 予告悪あがき。 1日誰とも直接会話をしていない。 町田康の小説に出てくるような、だめ人間を実生活でやっている気分。 だめまっしぐら。でも私は小説には出てこないし、誰の生活の何の役にも立っていない。