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「出産で臼を転がす男」と生産性向上問題

ゲームの呪い

「午後7時から2時間無料」
駐車場の入り口に掲示された看板が車の窓越しに見え、思わずブレーキを踏む。
車の時計は午後6時50分を示している。
あと10分待てば無料で駐車できるが、7時からのイベントに少し遅れる。損した気持ちになりながら、アクセルを踏み直して駐車場のゲートをくぐった。

書店イベントに参加するため、代官山にある蔦屋書店に僕は来ていた。
今回はスピーカーとしてではなく、聴衆としての参加だ。

きっかけは、昨晩Xで見つけた近内悠太さんの投稿だった。

7月25日(木)の夜、勅使川原さんにお呼ばれしての対談です。能力主義や「選ばれること」をよしとするゲームの只中で、僕らにかけられた呪い。そんな呪いを解くためのお話ができると思います。

https://x.com/YutaChikauchi/status/1815722632781967546


この「ゲームの呪い」という言葉に、心が引き寄せられた。
油断すると、僕もついゲームに夢中になることがある。
学校や会社では、点数や収益を増やすゲームにはまっていたし、生活の中ではお金を貯めるゲームから抜け出せない。
ついさっきも、「7時まで待たないと駐車料金を損してしまう」と思ってしまった。

しかし、自分の人生で本来プレイしたいゲームはそれではない。
はっと気づいたからこそ、イベントに間に合うことを優先させたのだ。

人生とはどんなゲームなのだろうか。何を目的にしているのだろうか。
僕はまだ答えを見つけていない。
そのヒントをもらうためにこのイベントに参加したのだった。


アイヌの男たちが臼を転がす理由

対談をするのは、『働くということ 「能力主義」を超えて』という本を出版された勅使川原真衣さんと、近内さん。
近内さんは『世界は贈与でできている』の著者であり、僕も二度ほど対談させてもらったことがある。

トークイベントの主なテーマはメリトクラシー、つまり能力主義の話だった。現代社会では、能力の高さによって優劣をつけられ、選抜の材料にされる。この「能力主義」があたりまえのゲームに僕らは参加させられていて、能力の高い人しか生き残れないような圧を感じながら生きている。

そんな僕らに対し、近内さんはマンガ『ゴールデンカムイ』に出てくる”おまじない”の話をしてくれた。

アイヌのコタン(村)で、ある女性が産気づいて出産するシーンがある。アイヌの女性が男たちに指示を飛ばす。

「あなたは、お湯を沸かして」「あなたは、藁をもってきて」「あなたは、子供たちを見ておいて」

そして、いよいよ出産が始まりそうになると、
「土間にある臼を持ってきて、転がしなさい」と命令する。臼には女神が宿っていて、難産のおまじないになるそうだ。

この話のポイントは、”役割”にある。
医師や助産師などの専門家には明確な役割があるが、男たちはオロオロするだけで何もできない。しかし、「臼を一生懸命転がせば難産にならない」という神話によって、男たちにも重要な役割が与えられる。
この役割には特別な能力は必要がなく、臼さえ転がしていれば誰でも役に立てるのだ。

ところが、現代社会では専門家しかいなくなっている(そのように見える)。たとえば、家でエアコンが壊れたとき。昔なら自分たちで何とかしようとしていたが、今なら専門家にお金を支払って直してもらう。専門家というのは、「能力」を必要とされる仕事だ。

アイヌの出産の話は、男たちに「能力があるから」臼を回せたのではなく、男たちが「そこに居たから」臼を回せたのだ。
日常レベルで誰でもできるような役割があれば、自分の居場所を見つけられるのではないかという話だった。


労働生産性との共生

今の日本が抱えている経済の問題について、僕はこれまでもこのnoteでも書いてきた。少子化によって働く人の割合が減っていく社会では、生産性を高めないと生活水準を維持することが困難になる。それを実現するには、誰でもできるような仕事を減らして機械化をすすめないといけない。

しかし、その世界では高いスキルや専門知識を持つ人々が優位に立ち、そうでない人たちが取り残されてるという状況がますます顕著になるだろう。孤立感を高める人たちが今よりも増えるだろう。
貨幣経済はどうしても合理性、効率性を求めるため、誰でもできる仕事を残す許容度は低い。
だからこそ、貨幣経済ではないコミュニティーの存在がますます重要になるのではないだろうか。アイヌの出産の話のような「そこに居たから」役に立てたと感じられるような環境は一層必要になる。

これは、誰しもが避けては通れない問題だ。能力主義社会に愛されている人も、一つずつ年齢を重ねていく。能力だけでは自分の役割が見つけられないときが必ずやってくる。
能力に囚われずに、誰もが自分の居場所を見つけ、役割を果たすことができるコミュニティはどんなものがあるだろう。
宗教なのか、地域のコミュニティなのか、あるいは他の何かかもしれないが、僕自身もその答えを見つけていきたい。


(ここから先は有料部分。今週の活動報告やこぼれ話、前澤さんにつっこまれた話など)

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お金や経済の話はとっつきにくく難しいですよね。ここでは、身近な話から広げて、お金や経済、社会の仕組みなどについて書いていこうと思います。 …

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