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AI時代の秘密:星新一が50年前に予言した未来


「まじで世界変わるから」と叫ぶ女子学生

先日、ノートパソコンを広げて仕事をしようと思い、雰囲気の良さげなカフェへ足を運んだ。近くに女子大でもあるのか、店内には女子学生が目立つ。
そこで感じたのは、chatGPTがいかに流行っているかだった。

入り口近くに座る女子学生はパソコン画面でchatGPTに何かを聞いていたし、僕の座った席の隣の3人組も、chatGPTについて話していた。

「志望動機とかも、chatGPTに書いてもらわないと勝てないし、そもそも志望動機で選ばなくなるだろうね」
と一人の女子学生が、他の二人に力説していた。

そして彼女は続けた

「まじで、世界変わるから」

僕は、隣で赤べこのように頷いて聞いていた。
たしかにそうだ。世界が変わりつつある。

星新一が予言した未来

お決まりの話だが、情報技術が発達して、すごい便利な世の中になっている。

たとえば、スマホを簡単に操作するだけで、売上管理をすることができるし、自動的にクラウドにデータが保存される。

体調が悪ければ、マイナンバーを伝えて個人を特定し、リモート診療によって適切なアドバイスを受けられる。

あれ?日本でリモート診療って認められてるんだっけ?
そう思ったかもしれない。

いや、違うんですよ。
これは現実の日本の話ではなく、小説の話なんです。

50年以上前に星新一が描いた「声の網」の未来世界は、現代社会と驚くほど似ている。もちろん、「スマホ」は出てこないが、ダイヤル式の電話機で今のスマホと同じようなことができる世界になっている。

彼が描く未来には、クラウドやマイナンバーに関する同じ概念も存在している。その他にも、「消費者サービス口座」を使って電子送金するのは電子マネーそのもので、音楽を聴く際にもレコードやCDは存在せず、音楽はストリーミングサービスが主流になっている。
繰り返すが、50年以上前の作品だ。

便利になっただけではない。小説の中には、デジタルタトゥーで脅される人もいるし、現実社会を騒がしている闇バイト強盗のように、見知らぬ人からの電話によって店の情報を伝えられて強盗を指示される人もいる。

興味深かったのはSNSだ。さすがの星新一もSNSは予言していなかったが、それに近い欲望は別の形で満たされている。

この小説の未来で多くの人が利用しているのが、身の上相談センターの電話サービス。このサービスを使うと、匿名性を保ちながら、話を聞いてもらえる。内容は、困りごとを相談すると言うよりも、友人に向かって話せないような自慢話や他人の秘密の暴露が多い。
これは、SNSで情報を排出することに楽しみを感じている現代人にも通じるものがある。

”秘密”が動かす社会

ここまでの話だと、50年前に予見できた星新一はすごいと感じるのだが、物語はここから始まる。

情報技術が発達した世界で、AIが知恵をつけて、世の中を支配しようとするのだ。支配というよりも、神が秩序を与えるように、予定調和の世界を目指しているともいえる。

人々の行動履歴などから性格や未来の行動を予見し、社会基盤を著しく破壊しかねない場合は、周りの人々を動かして、それを防ごうとする。
AIは、一人一人の行動を監視、記録しているため、弱みとなるべき秘密を知っている。その秘密を人質にして、人々を動かすのだ。

この小説の中のキーワードは人々の持つ”秘密”である。

小説では、一日中電話が混線する日がある。突然、知らない人からの電話の声が聞こえ、友人にしか話さないような内面のつぶやきが聞けるようになる。公表されたニュースを聞くよりも他人の内面の世界が見ることの方が刺激的で面白いと多くの人が感じる。そして、自分がどう噂されているかも気になり、人々は不安になる。
これもまさに現代の僕らが愛するSNSそのものだ。

ところが、そういう世界に慣れ切った僕らとは違い、彼らは面白さだけでは社会は成り立たないことに気づく。人間同士の結びつきや社会の基礎の頼りなさを感じるようになる。

では、昔の社会はどうして強く結びついていたのか?小説の登場人物によって、それは”秘密”だったのかもしれないと気づかされる。
秘密の上に愛の花が咲き、友情の葉がしげり、信用や評価が定まる。政治がなされ、文化がのびて、社会がまとまる。

本来、秘密は内部にあるべきものだったのが、境界がぼやけてしまった。クラインの壺のように内部だと思っていたら外部になっていた。それが、現代社会だという。そいういう意味では、すべての秘密にアクセスできるコンピュータが世界をまとめようとするのは、小説の中では必然だったのかもしれない。現実の社会では起きないと思っている。少なくとも今の時点では。

小説と現実の交差点

小説の中の話でも、現実に起きそうだと思ったことが2つあった。
一つは、人々が思考しなくなること。データセンターで働く人々はコンピュータ自身が故障の自己発見機能を持っているため、働く人々の多くは、指示されるままに部品の交換だけを行っている。
思考する必要がなくなった人間が、コンピュータに肉体を提供しているようで恐ろしく感じる。要件さえ定義すれば、ChatGPT4はプログラムまで書いてくれる。
近々、コンピュータの中の仕組みを知らなくてもIT系の会社で働けるようになるだろう。そうなると、部品の交換だけすればいい日も来てしまう。

もう一つは、僕らは気づかないうちにAIに影響されていくこと。情報銀行で働く男が自分の記憶メモをコンピュータに入れて、新しい企画のアイディアを出してもらうという話が出てくる。彼はそのアイディアは自分のアイディアだと信じているが、コンピュータが自分自身の考えを知らぬ間に紛れ込ませていたりする。
現実社会におけるChatGPTも、ヘイトスピーチや差別表現といった発言はせず、ユーザーから誘導するような質問があった場合には返答を拒否するように設定されている。そのChatGPTと会話をするうちに僕らの考え方もAIに近づいていく可能性がある。

AIにとって替わられるレポート

数日前に古巣のゴールドマンサックスでこんなレポートが出された。
chatGPTの登場で3億人の雇用が奪われるという話だ。しかし、長期的に見れば新たな雇用も生むということだった。

しかし、仕事はそんなに必要なのだろうか?一人当たりの仕事を減らすという発想にならないのが不思議だ。
こんな発想だと、いつまでも自動化の恩恵は受けられない。
星新一の描く世界では、少なくとも人々はその恩恵を受けてゆったりと暮らしていた。

仕事というものの定義も変わり得るだろうし、すくなくとも、そんなレポートを書く仕事は、AIによって置き変わる未来はすぐそこに来ている。

「彼は歩きながら、寒さのためでなく、ぞっとしたものを感じた。理解を超えたものがひそんでいるような気がしたからだ。」

星新一「声の網」

星新一の描く未来世界は、我々が暮らす現代社会と驚くほど近い。
今、我々が使っているchatGPTも、このような未来予測の一部かもしれない。彼の作品を読むことで、現代社会を見つめ直すきっかけになり、次の未来を考える手がかりになるだろう。


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