眠れない夜には本を開く。夜空を眺めるような心落ち着く小説
わたしはインソムニアだ。
かっこよく書いてみたけれど、睡眠障害のことである。眠るのが苦手なのだ。
人によってさまざまな症状があるけれど、わたしはとにかく寝付きが悪く、治療を受けるまでは朝までほとんど眠れないことも多かった。
翌日に頭を動かす予定があるときは何が何でも寝た方がいいに決まっている。あらゆる生活改善を試したり、治療を受けてでも寝るべきだ。頭を動かして生きる上で、睡眠はとっても大切なことだから。
それを前提として、次の日の過ごし方を自由に決められるならば、割り切って自然に入眠できるまで自由に過ごしてみることもある。入眠までの自由時間が長いのは、インソムニアの特権だ。
そんな夜はもうベッドから出て本を開いてみる。本のなかには、自分では考えつかないような、けれどまるで自分で見た夢の出来事のような、じんわりと心に馴染んでいく言葉が溢れている。
眠れない夜に手に取ってほしい、夜空を眺めているような心落ち着く小説を2作品ご紹介します。
「流れ星が消えないうちに」 橋本紡 著
主人公の奈緒子は、玄関で寝ている。玄関は、人が入ってきて、出ていく場所だ。
いまでもきれいに思い出せる日々、穏やかな愛をくれた人。そんな恋人・加地君を事故で失った。彼との思い出がある場所では眠ることができなくなり、布団を持って行き着いた先は玄関だった。
ふたりをずっと見つめていた巧と、いまの奈緒子は付き合っている。もういない、けれどとても大きな存在を含んだ三角関係。
結末として恋人を失ってしまう物語はたくさんあるが、この物語においては、加地くんは最初からもういない存在だ。最初から奈緒子は玄関で寝ていて、それぞれの記憶のなかの加地君が回想されるだけ。けれど加地君はとても印象的で素敵な人で、奈緒子が心から好きになったこと、巧のかけがえのない友人だったことが手に取るように分かる。
大切な人を失ってしまったその先で生きていくこと。忘れてしまうのではなく、生きている人のなかに確かに存在していることを想う。過ごした時間や交わした言葉は、いま生きているその人を作っているのかもしれない。
「僕の好きな人が、よく眠れますように」 中村航 著
北から研究員としてやってきた彼女のことを、彼はどうしようもなく好きになる。ころころと転がるように楽しい会話をして、気付いたときにはもうどうしようもなく好きなのだ。
しかし、彼女には恋が許されない理由がある。ファンタジー的なことではない。とても単純で、だれがどう判断してもダメな理由なのだ。それなのに、彼女と彼の物語は進んでいってしまう。それはダメなことだと誰もが分かっているのに、どうしても物語は進んでいってしまうのだ。
人には多面性があって、彼女が彼の前で見せる言動が彼女のすべてではないのだろうと彼も分かってはいるけれど、もう彼はどうしようもなく好きになっていて、どうしようもないのだ。握手して恋を終わらせようとしても、もうどちらからも手を離すことはできない。
彼女が彼のことだけを想う夜はないのだけれど、彼は彼女のことだけを想う夜がある。
「僕の好きな人が、よく眠れますように」と願うことは、これ以上ない愛なのかもしれない。自分にとっての大切な人が、今頃ぐっすり眠れているといいなと思う。
眠れない夜には、じんわり優しい文章を
眠れない夜に目を瞑り続けるのは苦しい。真っ暗な夜に引きずり込まれてしまいそうで、どんどん不安が増していく。でもスマホの画面は明るすぎる。
そんなときに本を開くと、眠るまでの居場所ができたようでほっとする。星空を眺めるように心落ち着く物語、流れ星のように心に響く言葉たちが、焦らなくても大丈夫だと安心させてくれるのだ。
ときには無理して眠らなくてもいい夜もあるのかもしれない。そんな夜には、じんわり心に馴染んでいく優しい文章に出会える本を開いてみるのをおすすめします。
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