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職場のトイレの扉にもたれて絶望したあの日を思い出す 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』三宅香帆 著

発売1週間で10万部突破と爆売れしている話題の新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』をようやく手に入れて読むことができた。(書店でも売り切れになっていたので注文して、ようやく届いたのです!)


『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』 三宅香帆 著


【人類の永遠の悩みに挑む!】
「大人になってから、読書を楽しめなくなった」「仕事に追われて、趣味が楽しめない」「疲れていると、スマホを見て時間をつぶしてしまう」……そのような悩みを抱えている人は少なくないのではないか。
「仕事と趣味が両立できない」という苦しみは、いかにして生まれたのか。
自らも兼業での執筆活動をおこなってきた著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る。
そこから明らかになる、日本の労働の問題点とは? 
すべての本好き・趣味人に向けた渾身の作。

集英社 HPより

書評家の三宅 香帆さんの新書。

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という問いに、日本の明治時代からの労働史と読書史を読み解きながら、答えを見つけていく本だった。読書に限らず、趣味や自分の好きなことを楽しめないほどに働いている人に読んでほしい、きっと現代社会に生きる誰かを救う本だと思う。

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」の答えについては、是非本を読んで、日本人の労働と読書の歴史を辿りながら見つけてほしい。労働史とか難しそう……と思うかもしれないけれど、三宅 香帆さんの文章はとにかく読みやすく、自分にとって興味のない情報でも最後まで読ませてくれるので安心してください。(しかもこの本では大ヒット映画『花束みたいな恋をした』が随所に登場するため、映画を観た人はさらに楽しめます!)

ここでは、わたしがこの本を読ませてあげたいと思った「職場のトイレの扉にもたれて絶望していたあの日の自分」の話をしたい。


職場のトイレの扉にもたれて絶望していたあの日の自分


職場のトイレで扉にもたれて絶望したのは、平成30年8月27日のこと。日付はいまでも検索すればすぐに分かる。

この日の夜、作家のさくらももこ先生の訃報が報じられた。

わたしはこの日も職場で残業をしていた。この日”も"というのは、当時のわたしは残業があたりまえで、1日18時間くらいは会社にいて、残りの時間でどうにか人間生活を送るという暮らしが普通になっていたからだ。

残業の合間、トイレに入って、座るでもなく扉にもたれてぼーっとスマホを見ている数分だけが、当時の私の知っている現実逃避の方法だった。

そして平成30年8月27日の夜。いつものようにトイレの扉にもたれてスマホを開いた。ネットニュースのトップに、さくら先生の訃報のニュースの見出しを見つけた。そのニュースを開くことはできずに、スマホの画面を暗くした。

わたしの一部はさくら先生によってできていた。生まれたときから日曜日の夕方は「ちびまる子ちゃん」だったし、さくら先生のエッセイ本はすべて持っていて、中学生くらいの頃から何度も何度も、本当に何度も読んでいた。さくら先生のエッセイ本が大好きで、文庫本を開いて爆笑しまくるわたしに、両親は本気で心配していたほどだった。

「生きるとは」「死ぬとは」「いつか死ぬのになぜみんな平気な顔して生きているのか」みたいなことを真剣に考え込んでいた思春期の縮こまった心を、さくら先生のエッセイは豊かな感性と笑いで解きほぐしてくれた。

そんなさくら先生が、この世からいなくなっていたのだ。もう新作を読むことはできないのだ。

目の前が真っ暗になったような気持ちだった。真っ黒なスマホの画面を見ているうちに、もう何年もさくら先生の本を読んでいなかったことに気付いた。というか、読書というもの自体を何年もしていない。

数時間帰るためだけの一人暮らしの部屋には、本が一冊もない。自分を支えていた本たちは、実家に置き去りにしてきていた。

もう何年さくら先生の文章を読んでいないのだろう。わたしのような読者にはさくら先生の死を悲しんで泣く資格がないと思った。いま思うと、好きなだけ泣けばいいのにと思うけれど、あのときはそう強く思ったのを覚えている。

ショックだったのだ。自分の感性を作ってきたものを切り捨てて、社会に適応するためだけに生きているような気がした。あんなに好きだったのに、あんなに救われてきたのに、いまの自分はそれを楽しむ余裕もないほどに働くことだけをして生きている。

悲しいのに、泣くこともできなかった。トイレの扉にもたれながら、絶望していた。


あの日の自分に手渡したい『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』


あれから6年。働き方を変えたいまは、自分のペースで働けている。無理してしまうこともあるけれど、自分の好きな本を読む暮らしができている。気になる本や話題書を読む余裕もある。そんななかで出会った、三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』という新書。

普段読まない新書との出会いは新鮮だったし、読書との向き合い方をあらためて考えるきっかけになった本だった。そして何より、あの日の自分に読ませてあげたいと強く思った。

深夜にパソコンの前で理由も分からない涙をこぼしながら働いていた自分に、休日に本を読まずにスマホを見てばかりだった自分に、自分は変わってしまったから大好きな作家さんの死を悲しむ資格もないと自分を責めていた自分に、この本を手渡してあげたい。

働いて本が読めなくなっているのはあなただけじゃないし、あなたのせいでもない。社会全体の「働き方」に目を向けてみるという視点があるのだ。ノイズのない情報からは得られない、自分の考えもつかないようなことが、この本には書かれている。

労働と読書の歴史、社会問題について考えながらも、過去の自分へ想いを馳せる。頭をフル回転させながら心にも響いてくる、とってもパワフルな読書体験だった。

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