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『ブルーマリッジ』と『カムパネルラ』で自覚する自分の加害性

カツセマサヒコさんの最新長編、『ブルーマリッジ』を読んだ。ものすごかった……


読み終わって本を閉じたとき、もうどうか許してくれと、祈るような気持ちになっていた。

見えていないフリ、もう終わったことだと言い聞かせていたこと、無自覚な加害と被害。

ああ、普通に生きているだけなのに、ままならないことばかりだ。

この気持ちは、数年前に米津玄師さんの『カムパネルラ』という楽曲をはじめて聴いたときの気持ちと重なる、と思った。

胸が締め付けられて、どうしようもないため息を吐くことしかできなくて、吸い込んだ空気もなんだか曇っていて、どうしようもないことは分かっているけれど、どうか許されたい、と祈るような気持ち。

ちょっとこの気持ちについて書きたいと思う。


『ブルーマリッジ』 カツセマサヒコ 著


出逢って八年。付き合って六年。同棲を始めて二年。もう僕らのあいだに、新鮮な出来事はほとんど残されていない。3歳年上の彼女にプロポーズした青年・雨宮守。長年連れ添った妻に離婚したいと告げられた中年・土方剛。世代も価値観も正反対だったふたりの人生は、社内のある疑惑をきっかけに変化し始め――。

新潮社HPより


タイトルとあらすじで、恋愛小説なのだろうと思い込んで読み始めたけれど、全然違っておどろいた。いや、全然違くはないのか。恋と地続きにある話ではあるのだけれど。

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