愛のいたずら電話

私が働いているカフェにはよくいたずら電話がかかってくる。今回はそんないたずら電話の中でも、一番記憶に残っているものを紹介しよう。

それは2年前の春にかかってきた電話。

朝起きて、いつもと同じようにお店の鍵を開け、オープン作業をする。

作業の片手間に喉が渇いたので、期間限定商品である”さくらラテ”を小さいコップに注いだ。

このさくらラテ、店員間の評判はあまりよくない。杏仁豆腐のような風味で癖があるため、好き嫌いがわかれる商品なのだ。

ちなみに私はこのさくらラテが大好きである。

期限切れのロスが出ると、大体間違えないように後ろの冷蔵庫に”ロスの日”を書いて、好きな人が自由に飲めるようにしておくのだが、さくらラテに関しては、好きな人があまりにもいないので「もっさん(私)へ」という宛名付きで置かれていることが多い。

そんな私専用ドリンクと化しているさくらラテも、もう終わる。夏になるのだ。

配達されてきた荷物を入れ終わり、フードの仕込みを始めるころには2人目の店員がきた。1個上の女性のバイトの人。

制服に着替え終え、8時きっかりにお店を開ける。

いつもと変わらない朝だったが、少しいつもより忙しい。朝にはあまり見られない列ができている。

ただ、そんなお客様ラッシュもすぐに終わり、いつも通りの優雅な朝に戻った。
と思ったのも束の間、、

プルルルル

お店の電話が鳴りだした。

こんなに朝早くから珍しい。クレームではないよな、お店の営業時間の問い合わせか、何か商品の取り置きとかかな。

一応、時間帯責任者である私が電話に出る。店名を伝え、最後に自分の名前を名乗ると、短い沈黙が流れた。

あれ、無言電話かな。こんなに朝早くからいたずら電話する人も大変だな。なんて思っていたら、向こうから若い男性の声が聞こえてきた。

「あ、あの、もしもし。先ほどお店に行ったんですけど、、

これはクレーム電話の定型文

向こう側の声がいやに落ち着いているのが少し気になるし、こちらとしてもクレームを受けるようなことをした覚えは全くない。なんだろう。怖いな。

「一目見て、めちゃくちゃかわいいな、と思って、一目惚れしました。ぼくと付き合ってくれませんか?」

、、、

頭の中の情報が一斉に消えた後、すぐに新たな情報でいっぱいになった。

私の"人生初の告白電話"の相手は、名前も顔もわからない人なのか。貴重な経験を、私はこんな意味の分からないタイミングで失ったんだな。

軽いショックを受けた後、いかにこの電話を切り抜けるかという方向に、私の思考は向き始めた。

まず一瞬頭に浮かんだのは、この人が本当に私に一目惚れしたのかもしれないということ。

もし本当なら、きちんと対応しないと可哀想だ。

勇気をだして、ポケットからスマホを取り出して、お店の電話番号を調べて、電話をドキドキしながらかけてきているのかもしれないのに。

一番最初に私も名前を名乗ったし、本気の可能性も、、なわけが無い。すぐに我に返った。

これはいたずら電話だ。それもかなり特殊な部類の。

さあ、どうやって切りかえそう。とりあえず断る方向で穏便に会話を終わらせなくてはならない。

しかしどんなに頑張って考えても上手い返しが思い浮かばない。

相手はきっと、この私の動揺具合に快感を覚えるのだろう。それが本当に悔しいので、あくまで平然と答えるように努めた。

「そういったことは、当店ではできないことになっておりまして、、」

何だこのガールズバーで「当店はおさわり禁止なんですー」って断っているような返答。

絶対に間違えた。当店も何も、普通にダメだろ。

その後も「そんなこと言わないで、ーーー」みたいな感じで、冷静にごねられた。

しかし、ずっと同じ調子で断り続ける私に、流石に向こう側も飽きたみたいで途中で切られた。

何だったんだ今の電話。

かなり長く話していたので、もう一人のバイトの人が大丈夫?と声をかけに来てくれた。

ざっくり説明すると、「何その電話気持ち悪い。怖かったね。」と言われた。

そうか、今の電話は気持ち悪くて、怖い電話だったのか。あまりにも電話の向こう側の人が真剣に愛を述べてくるので、怖いという感情を抱かなかった。この危機管理能力の低さが1番怖い。

その後、この話は瞬く間にカフェ中の店員に広まり、みんなから「大変だったね」と声をかけてもらった。そんなに大事じゃ無かったんだけどな。

「そういう電話があったら無視して切っちゃっていいし、最初も自分の名前は名乗らなくていいよ、ていうか名乗らないほうがいいね」

店長からもこう言われた。

そうか、無視すればいいのか。

「いたずら電話はどんなものでも無視すればいい」

ひとつ賢くなった、春の朝であった。

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