【エッセイ】④距離が縮まる
あきらくんに焼肉奢ってもらったんだって??
焼肉に行ってからに何度この質問をされたのだろう。シフトにはいる度に色んな人から同じ事を聞かれる。
私は焼肉のことなんて誰にも言っていない。別に隠しているわけじゃないが、わざわざ話すことでもないからだ。
みんなに話しているのはそう、あきらくん本人だ。チェルじゃないのが少し意外に感じられる。
もしかしたら意外と焼肉代が高かったから、周りの人に愚痴っているのかもしれないと思ったが、どうもそういう訳でもないらしい。
本人は誇らしげに話している、と。
何が誇らしいのだろう。私には少し理解ができなかった。
少し経ち、焼肉の話題が落ち着いてきた。シフト表を見る。あぁ、今日はあきらくんと上がりが一緒なんだな。
16時にバイトが終わって、用事が18時からか。向かいの建物だからな。いちいち家に帰るのも面倒だから個々で少し時間を潰してから行こう。
バイトが終わるとあきらくんと少し話し込んだ。新作のアイスが美味しいらしく、たくさん買い込んだらしい。
いいねぇ、おいしそう。
そんなふうに返すと、買ってあげるよ。と言われた。
アイスくらい自分で買うよ?
と言ったが、俺、いっぱい稼いでいるから。
と言われ、近くのスーパーでそのアイスを買ってきてくれた。
ずっとバイトかゲームしかしてないから、たくさん稼ぐのにお金使わないんだよね。
そう語るあきらくんの顔はドヤっている。
あぁ、この人は自分がたくさん稼いでいることを自慢したいんだ。なるほど、それで焼肉の件もみんなに言いまくっていたんだな。
アイスも食べ終わり、会話も一段落した。まだまだ用事までには時間がある。あきらくんが私に気を使って、帰るタイミングを逃していたら申し訳ないな。
「用事まで時間潰しているだけだから、全然勝手に帰っていいよ。アイスありがとう。おいしかった。」
帰る流れを作る。
しかし、あきらくんは更衣室に座り込んだままビクともしない。
「いいよ、俺も付き合う。」
紳士なのだろうか。話しているのは楽しいからいいけれど、あと1時間近くもある。まあ、本人がいいと言っているのだから気にしないでおこう。
「[ALEXANDROS]ってしってる??」
アレキサンドロス。。
聞いたことがある。なんだっけな。
奥さんが可愛くて、顔の濃い、違う。
あれはアレクサンダーだ。
「なんだっけ。確かバンドだっけ??」
私の頭の中の引き出しを引っ掻き回して探し得た情報だ。
「そう!俺もうそれが大好きなんだよ!」
「そうなんだね。私、全然聞いたことないや。」
「CMとかでも流れているから何曲か知ってると思うよ。特にワタリドリは絶対知ってる。」
私テレビ見ないんだよな。高校に入ってからYouTubeばっかり見ていたから、CMなんて前ほど目にしなくなった。そんな私でもわかるだろうか。
いつもより息巻いて[ALEXANDROS]について語るあきらくんは、残りの1時間程を費やして、私に[ALEXANDROS]が何たるかを教えてくれた。
きっと普通なら1時間も知らないバンドの話をされたら退屈に感じるのかもしれないけど、私は楽しそうに話すあきらくんをずっと見ていたいという気持ちに駆られ、終わる時間も少し惜しいように感じた。
家に着いてから[ALEXANDROS]と検索してみる。ボーカルはきっとこの人だろう。思っていたよりもイケメンだ。
それからワタリドリを聞く。
あぁ、この曲か。どこで聞いたのかは知らないが、サビは歌えちゃう。あるあるだ。
次の日もシフトが被ったから、[ALEXANDROS]見たよ、と話しかけて見た。
いつもの少し眠そうな、気だるそうな顔から一変して、お菓子を得た子供のようなキラキラした顔つきになった。
そしてまた話し出す。
YouTubeに俺が作った歴代MVを全部まとめたリストがあるから、それを見てみるといいよ。
ボーカルは川上洋平と言うらしい。あきらくんの1番の目標で、着ているブランドも真似をしている。身長は俺の方が高いけどね、とこれまた自慢げに話してくれた。
とりあえず帰ってからあきらくんのまとめたリストを検索して、見てみることにした。
うわ。50曲近くもあるのか。
お風呂に入りながら何となく流してみる。この人は、一体どこから声を出しているんだろう。
高いのに苦しくない。きつくない声だ。
英語だけの曲もあるし、ロックって感じの曲もあればバラードって感じの曲もある。
当たり前といえば当たり前なのだが、私の持っていたゴリゴリのイメージの邦ロックは綺麗に崩れ、すぐに[ALEXANDROS]の虜になった。
次の日もまたあきらくんに話しかける。
「私、全部聞いたよ!snow soundって曲がすごい好きになった!」
あきらくんはまたパァァっと顔を輝かせる。と思ったのだが、違った。少しふっと鼻で笑い、
「もう春だよ?snow soundは冬の曲じゃん。今ならハナウタとかがオススメだね。」
怒っているとかそういう訳では無いが、どうも季節外れの曲を聞くことは、あきらくんのポリシーに反するらしい。
ラストクリスマスとか、恋人たちのクリスマスを、真夏に聞いたりする人はさすがに変わっていると思うが、私も冬でなくてもbacknumberのヒロインとかを聞くことはある。
そこまで徹底して季節にこだわる人は、今まで私が関わってきた人にはいなかった。
さらにあきらくんのこだわりは、これだけでは収まらない
バイトに向かう時に聞く曲。というのもあるらしい。
・mosquito bite (モスキートバイト)
「バイト」という単語が入っているから。
・Waitress Waitress
「Waitress(ウェイトレス)」はカフェでバイトをしてるっぽいから。ウェイターてきな。
この2曲をローテーションさせているらしい。ルーティン的なものなのだろう。
他にも風邪をひいた時は「風邪をひいたときの曲」なんて曲を聴くらしい。
気分に任せて様々な音楽を聞く私には少し理解し難いが、そういうこだわりを持つのも悪くないのかもしれない。
理由が安直すぎることには触れないでおこう。
あきらくんと仲良くなるに連れ、ジャイアンとも距離を縮めることができた。
「俺がなんで最初もっさんのこと避けてたか知ってる?」
そんなもの、理解できたら苦労しない。
「わからないです。何かしましたか?私。」
「もっさんが受験期にこのカフェに勉強しに来てたじゃん?そのとき俺、店長に言われてロスのケーキを差し入れに行ったことあるのね。その時のもっさんの態度が悪かったから、嫌いだった。受け取る時、目を見やしないの。邪魔しないでオーラがすごくて、一言、「あ、どうも、、」だけ。」
たしかに私はこのカフェに時々勉強しに来ていた。ケーキの差し入れも何回か貰った(気を使われると私も気を使うから、有難いけど辞めてください、と途中で断ったのだけれど。)
ジャイアンに関しては全く覚えがない。
そんなことあったのだろうか。いや、あったのだろう。確かに、私はそういう素っ気ない態度を取ると思う。(目を見ようとしない、というのはさすがに礼儀がなって無さすぎだと思うが、絶対に目を見ようとした!という証拠もない。)
知っている人ならきっと軽く会話をするだろうが、全くの初対面だ。イヤフォンもしていただろうし、軽く会釈をして感謝を述べることくらいしか私はしないだろう。
しかし、私がこのカフェに来ていたのは去年の夏だ。そんな前のことを、よくもまあ細々と覚えていて、ネチネチ引きずっているな。
大抵の場合、加害者に覚えはなくとも、被害者はしっかりと覚えているものだ。
身に覚えのない私の罪と私は。一体どうやって向き合えば良かったのだろうか。そしてどうやって償えばよかったのだろうか。
とりあえず今の私にできることは、この身に覚えのない罪に関して、大して心が籠って無い謝罪をすることだ。
「そうだったんですね。全然覚えてないですけど、すみませんでした。どうも初対面でのコミュニケーションが苦手で、素っ気ない対応しかできなかったんだと思います。」
笑って返す。せっかくマシになった関係を今はまだ壊したくはない。
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