【エッセイ】⑤スターの登場と募る不信感
4月になったとはいえ、朝はまだ寒い。カフェの鍵を開けると、ムワッとした気色悪い空気が外へ流れ出てきた。
昨日のクローズの人、エアコン消し忘れたな。
少し換気をしながら届いた荷物の整理を始める。
「おはよう、ゆーりちゃん!今日も早いね。」
イヤホンから流れる音楽越しに、明らかに自分に向けられた言葉を私の耳は受け取った。
ドアの方に目をやると、うぐいす色のスウェットに白のテーパードパンツ、古いスニーカーに身を包んだ小柄な男性が、今まさにドアを閉めようとしていた。
「おはようございます、スター。」
私のことをこのカフェで唯一名前で呼んでくれるこの小柄な男性は、現アルバイトのトップ、パートナーリーダーを務める。
みんなに慕われる人格者。まさに彼にピッタリの言葉だった。私の中で上司にしたいランキング、今のところのナンバーワンかもしれない。
みんなと分け隔てなく接し、冗談を言ったり、下の人にイジられたりしながらも、間違ったことはハッキリと注意する。
公私混同をしない。怒らないただの優しい先輩ではない所が、さらにみんなからの信頼を集めているのかもしれない。
「昨日のクローズだれ?さすがに適当すぎない??フロアにゴミも落ちているし、フードの仕込みも全然されていないんだけど。」
スターがボソッとつぶやいた。いつもは温厚なスターに今日は少し陰りが見える。
「最近のクローズは質が低下してますからね。それ以外の通常業務でも少しダレているように私は感じることが多いですよ。」
業務の雑さが最近顕著に現れている。
みんなの接客態度もあまり好ましいとは言えないし、クローズなどの作業も雑になっている気がする。
私には思い当たる原因がひとつある。
ジャイアンだ。
私が復帰したての頃、ジャイアンが店長の業務の補助をしたり、私の知らないようなお店の裏事情を知っていたりした。店長と仲がいいからだ。
あきらくんはジャイアンのことを「仕事ができる」と大変に尊敬していたし、私もそうなんだろうな、と思っていた。
しかしどんどんと、ジャイアンのボロに気がついていく。
提供する商品が雑すぎて汚くないか?
クローズ作業、最低限こなせばいいという感じで全然出来ていなくないか?
裏方の作業をするとか言って、通常業務サボっていないか?
接客態度、にこりとも笑わないで声のトーンも暗くて、最悪の接客じゃないか?
ジャイアンはみんなから上の立場の人だと思われている。そんな人がこんな雑な業務をしていたら、周りも「それでいいんだ」と思うのは当たり前だ。
ジャイアンは仲良くなると、面白い人だった。とっつきやすいし、アイスとかケーキを奢ってくれるから、高校生とかに好かれている。そしてその緩さにみんな引き寄せられているのだろう。
でもみんなは言う。ジャイアンはできる人だと。私はまだ復帰したてで、みんなからの信頼は厚くない。私が今、こんな異議を唱えたところで誰も受け入れてはくれないだろう。
だから必死にみんなからの信頼を得られるような行動をすることを決意した。そしてみんなから信頼を得たら言うんだ。
「ジャイアンは間違っていませんか?」
その決意から少し経った。いつも通り事務所に入ると店長がいた。
「おはよう、もっさん。はい、プレゼント。」
プレゼント?私の誕生日はまだ半年以上先だ。入学祝いもこの間貰ったばっかり。でも、プレゼントという言葉へのワクワクは止まらない。
なんだろう。
駆け寄って手を差し出すと、ネームプレートが渡された。一見何の変哲もないが、今私が持っているものとは明らかに違う点がある。
☆2。
即座に理解した。☆2はパートナーリーダーの一つ下の階級。その下に☆1があって、その下が無印だ。
そう、私は無印から☆1を飛ばして、☆2まで一気に昇級したのだ。ちなみに☆2は現在誰もいない。スターの1つ下のポジションを私は務めることになった。
あれ、そういえば、ジャイアンとあきらくんはどうなったんだろう。私よりも評価されていると思っていた2人だ。同じ☆2になったのだろうか。
「☆2になったのはもっさんだけ。あきらくんとジャイアンは☆1だよ。」
、、まじ?
喜びとともに、ある不安が私に押し寄せてきた。
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