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物語『幸せの方程式』

「久しぶり。年末は帰ってくるの?」

数年ぶりに届いたLINEは、大学時代にお世話になったバイト先の先輩からだった。

『帰りますよ!』
「よかった。ダイキくんと会おうかって言ってるんだけど、どう?」

10歳近く上のミサキさん。彼女が契約社員として入社する月に私はバイトを始め、お互い同期のような感覚で自然と仲良くなった。

ダイキは、私と同い年のフリーター。職場では2年先輩で、同い年なことがわかってからは何かと世話を焼いてくれた。

『もちろん行きます!』

懐かしい名前に即答した。当時の自分が異動願いを出した理由も忘れて。

式場も併設したホテルで働く私達はある日、社員のレンさんが担当する式のメンバーになった。

転職で数年前に入社してきたというレンさんは、無口で真面目な印象だった。ダイキが陽気に絡みに行くのを、突き放すこともなく大人な対応で返すのを見るたびに内心ヒヤヒヤしていた。

でも、そのイメージは式の打ち上げで崩される。居酒屋で話すダイキとレンさんは、まるで漫才コンビのようだった。軽快なやり取りを交わし、くだらない小ネタを拾っては膨らませて、お互いにバカだなぁと言い合う。

『レンさん、思ってたのと違いました』
「ごめん、引いた?大丈夫?」
『違います、いい意味で!もっと硬派な感じかと思ってたから』
「年齢もそれなりで立場もあるのに、職場でこんなバカ話してたら、パートさんたちに冷たい目で見られちゃうよ」

人見知りなところもあるそうだが、私たちとの仕事はスムーズな上に楽しかったのだとレンさんは上機嫌だ。

「俺も、最初飲んだ時はビビリましたからね。覚えてます?2人でベロベロになって…」
「あれなぁ。若かったよ、ほんと」
「いやいや、去年の話だから。いい歳したおっさん2人が、潰れて何やってんだって言うね」
「ダイキくん、私たちの方見てもう一回言える?」
「あ、いやいやいや。ミサキさんはレンさんより年下じゃないですか!」
「バカ、ミサキさんが1コ上」
『ダイキさん、ちなみに私も同い年なんですが』
「えー、僕はちょっと…トイレ!」
『あ、逃げた!』

私たちは何に笑ってたのか思い出せないほどくだらないことで盛り上がり、稀にちゃんと仕事の話をした。

仕事終わりの飲み会は徐々に頻度が上がり、多い時には毎週のように集まった。そんな日々を繰り返すうち、休日を合わせて遊びに行くまでの関係になった。

2年ほどして私がバイトを卒業し、似たような業界の別会社への就職を決めてからもその関係は途切れなかった。

そこから1年程続いたそんな日々に終わりが来たのは、ミサキさんとレンさんの結婚と私の東京転勤がきっかけ。直接連絡をとることは極端に減ったが、年賀状のやりとりだけは細々と続いている。

当日、最近引っ越したというミサキさんの自宅に招かれた私とダイキは、手土産を買って向かうことにした。

コンビニの駐車場でキョロキョロしている私に、ダイキが運転席の窓を開け小さく手を挙げる。私は車に駆け寄ると、お邪魔しますと言って助手席に乗り込んだ。

『久しぶり!…な感じ、全然しないね。何年ぶり?』
「えー…2年とか3年?」

答えながら車を発進させるダイキに、慌ててシートベルトを締めた。

『あ、案外経ってないんだ。もっと経ってる感ある』
「たしかに。2年目で転勤とかあるんだな」
『まぁ、優秀なんで』
「・・・」
『ツッコんでいただけます?恥ずかしいんで』
「それが狙いなんで」
『意地悪いとこ変わってな』
「お互い様だろ。ナツはちょっと雰囲気変わった気がしたけど」
『そう?大人っぽくなった?』
「いや、それはない」
『えー、即答?』

信号待ち、不満げな私をまじまじと見つめるダイキ。

「んー、大学生…ギリ新卒ってとこかな」
『じゃあ、変わってないじゃん。まぁ、この間会った人にも大学生?って言われたし』
「いいじゃん、若く見えて」
『聞こえはいいけどさ~』
「そういえば、あの店って駐車場あったっけ?」
『あったはず?てか、意外と時間やばいかも』

私たちは数年のブランクを感じさせないほど自然に馴染み、当時の距離感を掴んでいった。ミサキさんの家に向かいながら思い出を補填し合い、まるでタイムリープしているかのようだ。

送られてきた住所に到着しインターホンを鳴らすと、当時と変わらないミサキさんの声が聞こえた。

「いらっしゃ〜い、今開けるから待ってね」

中から扉が閉まる音や靴を揃える音がして、少し開いた玄関の隙間から、甘い花の香りと共にミサキさんの声と手が現れる。

「お待たせ!どうぞ〜」

開いた扉を引くと、その先にいたのは記憶よりさらに優しく微笑むミサキさん。視線を落とすと、そのお腹は大きく膨らんでいた。

「2人とも今日は来てくれてありがとうね。寒かったでしょ、上がって上がって」
『こちらこそ!誘ってくれてありがとう…ございます。これ、ちょっとしたお土産…です』
「ごめんね、気を遣わせちゃって。あ、これ好きなやつ!」
『よかった、変わってなくて!好み変わってたらどうしようって、ダイキと言ってて』
「うん、レンも好きだから絶対喜ぶわ。今、買い出し行ってるから、中で待ってよ〜」

その言葉にキュッと胸が苦しくなり、甘い香りにむせそうになったのを隠そうとマスクを引き上げ、鼻にしっかりと押し当てた。靴を脱いで上がった私の後ろから、ダイキがミサキさんに話しかける。

「ミサキさん、予定日いつなんすか?言ってくれたらお祝い買ってきたのに…」
「そう言うと思って黙ってたの。予定では3月」
『もうすぐだ!女の子?男の子?』
「女の子だよ」

ダイキが上がるのを待って、ミサキさんに続いてリビングに向かう。よいしょ、と言いながら椅子に腰掛けたミサキさんは、目を細めて愛おしそうにお腹を撫でた。

コートを椅子にかけながら視線を上げると、部屋のいたるところに真新しいおもちゃやグッズが並んでいる。胸の古傷をチクリチクリと刺されるような感覚に、私は気付かないふりをした。

『じゃあもう、名前考えたりしてるの?』
「してるよ〜。レンが色々調べてる」
「ミサキさんの名前候補はないんすか?」
「私のはね、もう伝えてあるの。でも、もうちょっと悩みたいみたい」
『レンさん、念願の子どもだから決めらんなさそう』
「だよな。意外と大事なとこ決めらんないんすよね」
「そうなの!たまに、もう!ってなるけどね〜」
『ミサちゃんは意外とパッと決めるもんね。最初、見た目とのギャップ!ってなったもん』
「えぇ、そう?」

当たり障りない会話から、徐々に当時の出来事をパズルのようにはめ込む作業に移った私達は、少しずつ距離感や空気感を掴んでいった。

当時の感覚で話せるようになるにつれて、私の脳裏に口には出せない楽しい思い出や、想いが蘇ってくるのを感じていた。

玄関の扉が開く音がする。久々の再会を心待ちにするダイキの隣で、私は会いたいような会いたくないような複雑な想いを抱えていた。

ー続くー

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