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尾瀬あきら『みのり伝説』は、いまなお“最もリアルなライターマンガ”である。


#マンガ感想文

『みのり伝説』は、ヒット作『夏子の酒』などで知られるマンガ家・尾瀬あきらが、1994年から97年まで『ビッグコミックオリジナル』に連載した作品である。

主人公・杉苗みのりがフリーライターとして独立し、売れっ子になるまでの奮闘が、奇をてらわない素直なタッチで描かれている。

フリーライター・藤田千恵子のエッセイ集『愛は下剋上』(ちくま文庫)をベースに、多くの女性ライターへの取材もくわえて作られた物語はすこぶるリアルで、ストーリーマンガの形式を取った「ライター入門」として読むこともできる。


初めて原稿依頼を受けたときの歓喜、使えない若手編集者と組んだときの苛立ち、熟練編集者に原稿の手抜きを鋭く見透かされたときの恥ずかしさなど、ライターなら誰もが経験する喜怒哀楽が、毎回のストーリーのアクセントとなる。

連載中、私はこの作品を楽しみに読んでいたが、主人公があまりに自分に近すぎて、感動するというより身につまされることもしばしばだった。

たとえば、みのりは独立当初ファクス機器を持っておらず、コンビニの「コインファクス」で出版社に原稿を送る。このあたりの濃密な生活感は、従来の〝ライターを主人公にしたフィクション〟にはなかったものだ。

もっとも、この『みのり伝説』、どういうわけかライター連中にはあまり評判がよくない。

たとえば、別冊宝島『このマンガがすごい!』では、〈イヤだけどつい読んじゃうマンガ〉として批判的に言及されているし、田村章・中森明夫・山崎浩一の共著『だからこそライターになって欲しい人のためのブックガイド』(太田出版)には、冒頭にいきなり次のような言葉が置かれている。

《本書は、ライター志望者はもちろん、現役のライター諸氏諸兄のなかで、たとえば『ビッグコミックオリジナル』連載の『みのり伝説』に描かれた姿に『ふざけんなよぉ……』と呪詛の言葉をぶつけている方にも向けて、編まれた。》

もちろん、フィクションなのだから、読者を惹きつけるために潤色している部分はある。

たとえば、私の目から見ると、みのりはあまりにも順調に売れっ子への階段を駆け上りすぎているし、中年オヤジが通うようなバーを駆け出し女性ライターが「行きつけの店」にしている設定も、ちょっとヘンだ。

しかし、そのくらいの潤色は許容範囲だろう。
みのりが売れっ子になるまでに何年もかかっていたらストーリーが先に進まないし、毎回「つぼ八」で酒を飲んでいたらマンガとして絵にならないのだから……。

むしろ、テレビドラマに出てくる毎回殺人事件を解決してしまうようなフリーライターに比べると、みのりの生活ぶりはリアルすぎるほどリアルだ。ストーリーを盛り上げるための潤色はあっても、ギョーカイ幻想による潤色からは自由なのだ。
ライターを主人公にした数あるフィクションのうち、最もリアルな作品だと思う。

ほかのライターがなんと言おうと、私は断然『みのり伝説』を支持する。これは、尾瀬あきららしいていねいな仕事ぶりが堪能できる佳編である。

尾瀬は、ライターたちを取材して集めた実話を素材に、じつに巧みにドラマを作っている。

たとえば、コミックス1巻には、みのりの友人である女性ライターが原稿料の不払いトラブルに巻き込まれ、副主人公といってよい織田功(零細出版社の社長)がそのトラブルを鮮やかに解決するというエピソードがある。
このエピソードがのちに織田とみのりが不倫の恋をする伏線になるのだが、原稿料の不払いトラブルという面白くもなんともない話をネタにドラマチックに話を盛り上げるあたり、「うまい!」と唸ったものだ。

『みのり伝説』を読むと、フリーライターがまぎれもない「3K職業」であり、なおかつやりがいのある仕事であることが、よくわかる。ライター志望者及び駆け出しライターには、一読をオススメしたい。

そしてまた、「終わりかけの青春」を懸命に生きる20代末の女性を描いた、一種の青春マンガとしても上質である。

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