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彼女とあの娘と女友達(あいつ)と俺とシリーズ

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男女の奇妙で複雑な性愛と、料理や食事を絡めた連作短編です。
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#連作短編

デラックスアップルパイとペットレスの女

 ん? 留守電?  名画座を出て携帯の電源を入れたら、久しくみていなかった留守電アイコンが表示される。これがテープレコーダの記号だなんて、もうわからない人のほうが多いんじゃないかとか、そんな思いをあえてひねくりまわしたのは、伝説的なマカロニウエスタンのロケ地を再現したドキュメンタリーの余韻を吹き飛ばした間の悪さへの、かすかな抗いのような気もしなくはない。  ただ、表示された固定電話回線の、それも03番号に はかすかに見覚えがある。  とりあえず、多少でも静かなロビーのすみへ移

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1979年の渡し船 Ferry del año 1979

 年末も押し詰まって金融機関の営業日を確認すると、せわしない気分を超えた諦めが漂い始めた。あれほど騒がしかったクリスマスさえ、すっかり正月が上書きしている。さっき銀行の窓口が閉まったばかりだと思っていたのに、外をみるとすっかり暗くなっていた。暖房の設定を少し強めながら、夕食の算段を組み立てる。  ソーシャルメディアにさみしい心を抱えた娘たちが現れるまで、まだしばらく余裕がある。いや、しばらくなんてもんじゃないな。料理して食事して風呂に入って、それからでも少し早いくらいか?  

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圧力鍋とシスターフッド:La Olla de presión y la sororidad

 彼女が部屋へ入ったとき、俺は豆を茹でていた。  しゅぅしゅぅと湯気を吹きながら楽しげにからから小躍りしている鍋のオモリへ、実質無料をうたう携帯キャリアの呼び込みに投げかけるような、ショットグラスいっぱいほどの冷え切った不審へぬるいいらだち数滴をふくませた眼差しを送りつつ、彼女は台所から奥の寝室へ進む。なにか気の利いた言葉でもと思わなくはなかったが、とっさにそんなセリフが出てくるような俺ではなかったし、ジャケットを脱ぐ彼女の背中にも『そういうのはいいから』と書いてあった。  

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彼女とあの娘と女友達(あいつ)と俺とシリーズ:海辺の彼女編を電書出版します

表紙デザイン:館山緑 彼女とあの娘と女友達(あいつ)と俺とシリーズ「海辺の彼女編」を電書化します。 作品概要 薄ぼんやりした日々をダラダラと過ごす『俺』は、ひとときの楽しみを共にする相手を探しては生活している中年男。そんな『俺』の出逢った『海辺の彼女』は、犬を飼う美しい人妻。彼女と重ねるエロティックな逢瀬、そして食事や小旅行で共有する居心地のいい時間を切り取った短編集。 彼女とあの娘と女友達と俺と: 海辺の彼女編 (インゲン書房) 松代守弘 彼女とあの娘と女友達

彼女とあの娘と女友達(あいつ)と俺とシリーズ:海辺の彼女編

薄ぼんやりした日々をダラダラと過ごす『俺』は、ひとときの楽しみを共にする相手を探しては生活している中年男。そんな『俺』の出逢った『海辺の彼女』は、犬を飼う美しい人妻。彼女と重ねるエロティックな逢瀬、そして食事や小旅行で共有する居心地のいい時間を切り取った短編集。 登場人物俺 40代の中年男 海辺の彼女 犬を飼う人妻 以下、収録作品の解説。 海辺の彼女とサザエのつぼ焼き ネットで知り合った彼女が住む海辺の町へ出かけた俺は、下心をみなぎらせつつ駅前のロータリーに立つ。しか

中華の心 Corazón chino

 外食を妙に毛嫌いする、不思議な娘だ。  初めて会った夜にしてから、そうだった。  駅で落ち合ってから喫茶店での雑談という体裁の、まぁ最終確認まではいつものように『手順を踏んで』いったが、そこから「晩御飯でも」となったところで「どうせならおじさんの家で食べましょうよ。コンビニでなにか買っていってもいいし」と、なれた口調の飾らない笑顔で娘から申し出たんだっけな。いちおう、喫茶店でのやり取りからそういう雰囲気を漂わせていたし、決して意外ではなかった。そもそも出会った直後の印象か

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偽りの大地:Tierra de falso

 夕暮れ時のサーバルームは空調の風切り音がうるさいばかりで、妙に人の気配がなかった。ところが、ペットロスの女に言われるがまま架列(がれつ)の間をとぼとぼ歩いていると、ラックの彼方には作業者の姿がちらちら見える。 「ここで仕事する人もわりといるんだね」  ちょっと大げさなほどすばやく振り向いたペットロスの女は、キツめに『黙って』と口に手をやる仕草を見せ、また静かに歩き始めた。やがて目的の架列を見つけると、側面の制御盤でラックの閉鎖を解除し、メッシュ扉を開く。放熱ファンの音がわっ

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寒々しい朝を温めることも出来ないチーズだけのホットサンド

 そぼ降る雨の中、黙々と歩いていた。既に立春から半月以上は経っているのだが、みぞれ混じりの雨が靴下まで染みて、足を踏み出すことさえおっくうになりつつある。そういえば、むしろ立春ごろのほうが暖かかった。  とはいえ、急がねばなるまい。トークライブの会場には腐れ縁の女と猫っぽい娘が待っているはずだ。いちおう、イベント開始時刻には間に合わないので、あとから合流という手はずにしていたが、ここまで遅くなったのは想定外もいいところ。  そろそろイベント終了の頃合いだが、この期に及んでは時

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あの日、食べ損ねたプレミアムなグラノーラ

 立春は過ぎたといっても驚くほど暖かな夜、ネットTVの窓をたたんで通話中の女を気遣う。そうすると、こんどは薄壁一枚むこうの台所から切れ切れに聞こえる声が気になり、複数ソーシャルメディアを一括表示するクライアントを前面に出す。わずかの間に未読が山をなしていた。嫌な予感を確かめるようにタイムラインを流すと、在日だのフェイクニュースだのまとめサイトだのといった文字列が目に止まる。どうやら火元の雑居ビルにはコリアンパブと朝鮮系の金融機関が入居していたらしく、既にネットの話題はその方向

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女性フォトグラファーと品川丼

 部屋に差し込む光がはっきりと濃い黄色みを帯び始めた頃、女性にしてはやや肩幅の広い、がっちりした影が床に伸びていた。ショートパンツから鍛えた太ももをむき出し、ひと昔前のプロが持っていたようなごついカメラを構える女性フォトグラファーが、マットの上で重なった俺と女を見ながら軽くうなずく。  重なる女は自らあてがい、ひと息に腰を下ろした。低くうめき、背中をそらす女の、豊かで重い胸に俺は下から手を伸ばす。いつもなら、それだけで歓びの歌も高らかに腰を力強くひねり、押し付けてくるのだが

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韓国産キムチラーメンとスパイスドラムのライム抜きキューバ・リブレ

 気がついたのは確か、金曜の午後だった。    少し前の週末、俺はいつものように猫っぽい娘へメッセ飛ばそうとソーシャルアプリを立ち上げたら、知らん間にブロック食ってたというわけ。  いつかはこんな形で切れる関係だろうとの思いが、ずっとどこかで佇んでいたにも関わらず、猫っぽい娘の喪失感は自分でも受け入れられないほど強い。そればかりか、それに動揺している自分を直視すると、自分の不安定さに呆れてまた動揺するという、ほとんどパニックに近い連鎖まで発生している。結局、その週末はなにも手

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ヤリ部屋と補身湯と昔の男

 ゲイカップルポートレートの写真展とトークイベントは思いのほか盛況だった。駅前に向かう細い道は歩道から人が溢れ、たまりかねたワゴン車が軽く警笛を鳴らす。思わず端へ身を寄せた時、ぽんと肩を叩かれた。 「お久しぶり、生きてました?」  短めの髪を無造作になでつけた細身のちょっと小柄な青年が、見るからに安っぽいメガネの奥からニコニコと微笑んでいる。やや奥まった大きな目と、本人が言うところのラクダのように長いまつげは、相変わらずチャーミングだった。  よせばいいのにきっちり髭をそった

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高純度カカオチョコを使ったビターなダークチキンモレのバレンタインディナー

 なんとなくフォローしていたコスカメコが新作をアップしていたから観に行くと、速報扱いでソシャゲのバレンタインイベントを再現したコス写も入っていた。フットワークの軽さに舌を巻きつつも、つい「まだ引っ張るのか、バレンタイン……」などと毒づいてしまう。これがクソダサ写真ならファボ乞食で片付けられた。ところが、受け取る男キャラを長身の女性レイヤーが男装していたり、定番のポッキーゲームもベタに横から撮らず見返り姿を主観構図でうまくまとめるなど、センスの良さや完成度の高さが見事なだけに、

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持て余したアクアパッツァに残ったひき肉を混ぜた見た目の良くないバジル風味リゾット

 ソレに気がついたのは、金曜の昼下がりだった。  いつものように猫っぽい娘と週末の予定をすり合わせようとメッセ立ち上げたら、見慣れたアイコンがない。ふっと湧き上がる嫌な予感を押さえ込むように、猫っぽい娘のソーシャルアカウントを検索、しかし画面に表示されたのは、まさかのダイアログだった。  ブロックされているため……。  この期に及んでもなお、俺はまだ、現実を飲み込めなかったし、腹の底からこみ上げてくるなにかでさえ、自己の感覚を受け入れられなかった。いや、まだなにかが決まっ

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