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サブカル大蔵経710石田千『踏切みやげ』(平凡社)

石田千さんの文章には、〈思う〉が無い。

石田千さんは感情や感想を表現しません。でも、目の前に現れた会話や風景を提示することで、石田さんの感情と、街を構成するすべての存在が伝わってきます。

石田千さんは行く先々で、使い捨てカメラを購入しますが、普通切り落とされるノイズを切り落とさず、見たままの現実を切り取ってくれる、カメラのような文章です。

紀行文が好きなのでこの本を買って読んだのですが、正解というより衝撃的でした。久々に、文体というものを意識しました。

おじさんは、ほこりまで買ってもらうわけにはいきませんから。手ぬぐいでふいてくれる。【御嶽山(東急池上線)】p.22

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街の写真屋さんの矜恃を伝える文章とともに、ただの記録写真のように掲載されている写真たちも素敵です。

なんで踏切。なんでここなの。【高崎浜尻(上越線)】p.107

踏切を撮ろうとする石田さんは、地元のおじさんに問われます。

踏切は、いまでは不便な場所といわれている。それでも、夏のさなかや朝夕の混雑時のほかは、不機嫌そうなひとを見かけない。/からっぽのひとときが過ぎ、いっしょに渡ると、なによりやわらかな心持ちになる。すれちがったり、待ちながらことばを交わした一期一会のみなさまに、こころより御礼申し上げます。p.231(あとがき)

田舎は車社会なので踏切を意識することは少ないですが、たまに東京行って踏切の前に立っていると、もう地元に住んでいるような気持ちになったことを覚えています。

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すずしい柳の木には、遊歩道の管理上支障となるので伐採しますと書いてある。市のお知らせを貼られた柳は罪人のようで、井の頭公園に移植すればいいのにと幹をさすった。【三鷹台(京王井の頭線)】p.18

 今月、境内の樹をだいぶ伐採しました。人間の都合で。

むかいの喫茶店のまえには、犬が二匹、悟った顔ですわっている。わき道から白猫が出てきて、寮の中に滑りこむ。病気の目の猫だった。【代官山(東急東横線)】p.36

 悟りと病気。犬と猫。フラット。

おもてに出るとき、おばさんたちは音楽のはなしにうつっていた。ストラディバリがねえ、という声をきいた。【鎌倉(横須賀線)】p.47

 外で待っている人がいる人気のカフェでしゃべり続けるおばさんたち。

はじめのまがり角には、腹ばいのかえるが死んでいた。つぎの角には、ぼさぼさのしろい老犬がいた。つぎの角には、白梅の老木があった。【新小金井(西武多摩川線)】p.66

 現代の四門出遊のよう。

開いた窓を見あげていると、うーん、うーん。低い女の声がする。身を縮ませはなれると、携帯にあいづちをうつ女のひととすれちがう。たちならぶアパートの窓は、しろいシーツがふくらんで、どこかの赤ちゃんが、ずっと泣きやまない。【金杉(常磐線)】p.82

 ラブホテル街を歩く

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