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サブカル大蔵経490河口俊彦『大山康晴の晩節』(ちくま文庫)

空前絶後の大山康晴。

私が子供の時、買った将棋本は、中原誠、二上達也、米長邦雄などでしたが、その時は見えなかった大山康晴の存在。

対局が息抜き、本職は、組織運営と麻雀。

絶対王者として君臨し続けたその異常かつ異能な存在。そしてその終わり。

若い時は勝って当たり前の棋士が落ちていく。現在の棋界もその歴史の繰り返し。

しかし、唯一、大山は、そこからA級棋士としての姿を放ち続けた。下り坂と言える晩年の大山の執念を、著者は描き伝える。

そして今、大山の立場になったのが、羽生善治である。羽生はこれから、大山康晴と戦うことになるのかもしれない。

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指さない将棋ファンは、河口史観を通して将棋界に接してきた。p.376

河口史観!昔から将棋の観戦記を読むのが好きでした。歴史上の戦を、現地から伝えているようで。

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ただ一人、さして騒がれてもいなかった藤井猛という若者が、大山の実戦譜の数百局を秘かに勉強していた。/藤井が谷川に圧勝するのを立会人として見ていた米長は、嫌なものが生き返ったような気がする、と。/藤井猛は竜王三期目に羽生四冠を迎え、途中、大山対中原戦が再現され、羽生は升田が指摘した一手を指した。藤井はそれに対する研究もしてあったらしく、見事な手を指して勝った。ここで大山将棋は完全に甦ったのである。p.16 

 悪手とされた居玉で指す藤井システムは、当時本当に衝撃的でした。その原点が大山の受け将棋。

二上のところへ長老が、大山さんが気の毒だから、一番負けてやってくれ。そのあと大山は連勝した。大山はナンバー2を徹底的に叩いた。p.60

 盤外の駆け引き。永遠のNo.2、社会党みたいな存在にされた二上の弟子が羽生。

ガンになった大山、順位戦必敗の中、200手を超え、千日手模様で、あと何回?と鋭く記録係に言い、対戦相手の青野の混乱を誘い逆転勝ち。p.83

 むしり取る星。時間制限すら利用する。青野すら見ていない、ガンとの戦い。

五段だった大山は記録係だった。木村の勝負術が、大山に伝わったのである。p.85

 伝統されるもの。『月下の棋士』か。

名人戦が朝日に移ってからは、升田が勝てば大宴会。升田が負ければ寂しい打ち上げ。カメラマンまで舞い上がり、投了再現をせがむ。大山は平然と応え、駒台に手をやり負けました、と言い頭を下げた。それを要求されるたび何度も繰り返した。こうした屈辱を味わい大山将棋は鍛えられた。p.132

 ヒールの怪物、大山康晴を育てたのは、悲劇のヒーロー、升田とマスコミだった。

大山は7三飛を打たせるように仕向け、その時8一玉が決め手になることをずっと以前から読んでいたのである。p.230

 本書は、将棋のことが分からなくても楽しめるように、著者が素人のところまで降りてきて、書いてくれている。それがすごい。しかし、この一行だけは、読み手を置いても書きたかった衝撃なのでは。プロから見ても信じられない、深淵な魔の読み。

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