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サブカル大蔵経931大平一枝『昭和式もめない会話帖』(中公文庫)

30年ほど前、パリの安宿でテレビをつけたら、日本の映画を放映していました。小津安二郎の「彼岸花」でした。初めて見た小津作品でした。見た時から登場人物たちの言葉のやりとりに魅了されていました。

佐分利信の「いや、」という短い言葉や、浪花千栄子のドライかつウエットな都言葉。一見横柄なのに至極丁寧な、ごく数十年前の、不思議な国の言葉たちでした。


ですから、本書を書店で見た時、我が意を得たりと思いました。膨大な昭和の邦画から印象的なセリフを抜き出して、状況別に紹介していく内容とのこと。

100本余りを見てきて、それはおそらく言葉が"むき出し"でないからだろうと気付いた。みなまで言うのは野暮、という日本人の精神性からくるのではあるまいかと。p.4

作品の言葉を通してあの時代が持っていた思想や考え方に出会い、現代に活かしていく。その通りだと思いました。一番現代に足りないことだと思っていたことです。

しかし、本書を通読しても、グッとくる言葉に出会えませんでした。

私は「彼岸花」以外、本書に出てくる多くの作品はひとつも観ていません。作品を見ていないと言葉はやはり伝わらないのか。

または、切り取られた言葉はその背景が伝わらないのか。

それか、本書で編まれた言葉を「彼岸花」と常に比べてしまっていたからなのか。

昔、〈しずちゃん悪女説〉を検証しようと、『ドラえもん』の源静香のセリフのみ抽出してノートに書いたことがあります。絵からセリフを引き剥がすような行為をしているように感じていました。

おそらく本書で紹介された映画を観てきた世代の方たちは、何かしらこの作品の登場人物たちのムーブや所作を受け継いでいると思います。私も映画を観てみたいです。

堀道広さんの挿絵がたまらないです。

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「お気張りやす」p.44

 増村保造『女経』。私も京都の人相手限定でたまに言ったりしてます。

落ち込んだときは、「ちぇっ、しけてやがらぁ」と言い放ってみよう。p.59

 まず独り言から、粋に。

「いじくさいとこ、つまんないわよ」p.139

 吉田喜重『血は乾いてる』。理由でなく、「いじくさいこと」を諭す。

「せっかくですけど」p.184

 成瀬巳喜男『流れる』。しょっちゅうかかってくるセールス電話の断りに使おうと思いながら、まだ出てこない言葉です。



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