見出し画像

サブカル大蔵経919畔田俊彦『北海道ジャズ物語』(柘植書房新社)

北海道JAZZ文化史の労作。現在あるお店やイベントだけでなく、幻のお店が遺産のように掲載されているのも貴重な資料。

学生時代背伸びして通っていた旭川や札幌のお店も掲載されていて感慨深いです。

あらためてジャズ喫茶とは何だったのか。人、店、機材、客、レコード、コーヒー。新宿や京都だけでなく、最果ての根室が中心となる地政学にもグッときます。

北海道の多くの都市や地域でそれぞれ独自の文化があり、更に北海道に共通する習慣や文化があることも知りました。これは北海道のジャズにもあてはまると確信しております。p.4

私が訪れた街でも、滝川、名寄、登別、伊達にもジャズが流れるお店があったので、本書掲載地域以外にもジャズのともしびは今でも瞬いていると思います。

学生の頃通った札幌の焼肉店を先日久しぶりに訪れたら、ジャズが流れていました。意外な出会いもジャズの醍醐味です。

画像1

【室蘭】かつて鉄の街として栄えてきた室蘭。その昔、伊吹、ボナール、Dee Deeなどのジャズ喫茶があった。p.15

 一時期最も栄えた室蘭の底力。

【小樽】ニューポート、こうた、千種、六ペンス、Vee Jayなどのジャズ喫茶があったが今は残っていない。現在、小樽のジャズ喫茶は老舗Free-Lance(1985年開店)と、2003年にオープンしたGroovyである。p.17

 小樽こそジャズが似合いそう。

【札幌】代名詞であるジャマイカやBossaは今でも営業を続けている。/北24条界隈では浪漫風やGroovy。p.17.18

 ジャマイカとボッサが二大巨頭でしょうか。浪漫風は私が札幌に住み始めた頃開店した記憶があります。

【旭川】私は旭川へ行くとよくジャズ喫茶アベルへ行く。歯切れが良く奥深い音が迎えてくれるからだ。また繁華街の国道に面したビルの地下に老舗ジャズバー、ギルビーがある。沼澤マスターは古き旭川のジャズ事情を知る数少ない人材でもある。p.19

 ギルビーは閉店前に訪れて、お店のラベルが貼られている瓶ビールをいただきました。この他、Vir、エバンス、テイク・ファイブ、Night and Day、ピアノが掲載。

さらに旭川ではビーン中島氏の活動も見過ごせない。毎年のように東京方面の有名ミュージシャンと交渉し、ライブを企画・実施している。彼のジャズ・プロデューサーとしての活躍は見事である。また地元FMで毎週土曜日の夜にはJAZZLANDというジャズ情報発信番組も担当されている。今後の活躍も大いに期待したい。p.19

 この中島さんに本書を紹介していただきました。

あの当時は学生が多く、旭川にもジャズ喫茶なるものは7〜8軒はあったかと思います。p.36

 当時の方が多かったんですね…。

旭川のgauss。現鷹栖のDas gauss、神山優子さん。p.36

 ガウスは高校の時何度か訪れました。

【北見】ジャズ喫茶珈琲館。通算すると40年以上営業していると、威勢が良く快活な古屋マスター。/【網走】喫茶デリカップ、ジャズ・カフェバーあんじろ、ジャズライブを行う喫茶店ちばしり。p.20.21

 オホーツクにもジャズの香り。文京都市網走。

【帯広】帯広にもその昔、MJ、おーぷんどあ、司、ジャズ・オーディオ、黙示録、add、ジャマイカなどがあったが、今は残っていない。しかし郊外地の住宅地にあるログハウスの喫茶Groovyは30年近く地道にジャズを流し続けている。p.21

 西部劇のような街、帯広。

【釧路】This isがあまりにも有名。/BAR Bros、末広町のBOOK end、元シェフで釣り人、レコードコレクターの吉元氏が経営するBASIE、ジャズプレーヤー成田氏のB bなどがある。p.22.23

 釧路もジャズ似合いそう。霧とジャズ。

【根室】この最果ての町は、ジャズでは最先端の町である。/1978(昭和53)年12月にサテンドールは開店した。p.24.46

 北海道、いや、日本のジャズ重要都市・根室。ネムロホットジャズクラブ。斎藤明教諭。サテンドールの谷内田マスター。数年前にサテンドールを訪れた時、小さなカバンをいただきました。

私のジャズ喫茶遍歴の最後を締めくくるのはランシングノートである。/ランシングノートは90年代中頃に開店し、数年後忽然と姿を消した。/場所は北24条の地下鉄駅のそば、花菱というお菓子屋の裏側にあった。p.168

 ちょうどこの時期、近くに住んでいたので、この文に出会えたことが本当に蘇るようで嬉しいです。お店のミニコミ紙を持って帰って読んだ記憶があります。

この記事が参加している募集

読書感想文

本を買って読みます。