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変わったんじゃなくて、全部が「自分」なんだと思う。

中学・高校の頃、私はいわゆる陰キャでした。

遅刻なんてめったにしないし、校則違反なんてとんでもない。真面目ちゃんってとこです。

友だちもあんまりいなくて、学校の休み時間は寝てるか1人で携帯をいじっているか。
人前に立つ、公に発信をするなんてもってのほかです。

トイレに行っているあいだに陽キャ女子に席を取られて、休み時間を廊下で過ごしたことも数知れず。

当時流行った前略プロフもやっていなかったし、mixiには登録していたけど友だちは0でした。
すごく興味はあったけど「陰キャの前略プロフ」なんて、なんだか恥ずかしかったんだもん。そりゃやらないよね。

大学に入ってからはそれなりに友だちもできてエンジョイしていたけど、SNSで自分の成果物とか意見を公表するのは「意識高い系」に見える気がして避けていたし、今の自分とはまた違ったキャラクターでした。


今の私は、陰キャに変わりはないけど、人と関わることや自分を発信することに、ほんの少し積極的になり始めたところです。

年に1、2回連絡をとっている中学時代の友だちが1人だけいるのですが、久しぶりにやりとりしたとき「いい意味で変わったね」と言ってくれました。


たしかに、中学生の頃に比べたらずいぶん変わったと思う。

でも今の私って、ここ数年で突如現れたものではない気がするんだよなあ。
「私たち、どっかで会ったことありましたっけ?」という感じとでもいいましょうか。

自分の中にデジャヴのような感覚があってよ〜〜く思い出してみると、今の私は小学生のときの自分に近いなって気が付いたのです。


小学生の私も、リアルの友だちは決して多くはありませんでした。

親友と呼べる、ある1人の女の子とベッタリ。
その子とは中学に上がるとき離れてしまってから、今はもう連絡先も知らないけど。元気にしてるかな。

でも、小学生時代の私は、リアルの友だちが少なくても毎日がすごくすごく楽しくて、間違いなく私の人生で1番充実感と幸福感があった期間でした。

その頃の私の趣味とか、毎日の生きがいを書き出してみます。

・好きなアーティストのファンサイトを作る

・同じ趣味の人のサイトへ遊びに行く

・ネットで知り合った人とBBS(懐かしい!)で絡む

・好きなアーティストのラジオに手紙を送りまくる

・作曲をしては親・親友に聞かせる

・親友とラジオごっこをする
(BGMも入れたりわりと凝ってた)

・キッズケータイで写真を撮って加工し、フリー素材サイトを作る
(しかしすぐ飽きてやめる)

・音楽をかけながら愛犬を撮影し、MVもどきを作る

・小説やマンガをかく

我ながら、なかなかイタいなぁと思います(笑)

でも、こうやって好きなもの・やりたいことに没頭している時間が本当に幸せだったし、それを見てくれる親・親友がいたことで、「見てほしい!」という気持ちも満たされていました。

そして、書き出してみて気がつくこと。


あれ、今の私とやってることほぼ同じじゃない???


中学生〜大学生の私も、紛れもなく私。

「アレは本当の私じゃない!!!」なんてことはなく、あれも私のとある一面なんだと思っています。

でも、私が本当に充実感・幸福感を得られるのは、小学生の頃のようにやりたいことに没頭して、作って、「見て見て〜〜〜!」って披露することなんだと思い出しました。

小学生の頃、親戚に家に遊びにいったときに叔母さんに「みきちゃんはいつも楽しそうで、頭のうえになにかフワフワしたものがある感じ」と言われたことがあります。

中学に上がり、趣味に費やす時間もなく「真面目ちゃん」になってからは、私のフワフワは見えなくなったとも言われました。

なるほど。
この「フワフワ」が、私を作る養分だったのか。

大人になると「フワフワ」だけでは生きていけないし、中高生時代の「真面目ちゃん」が自分を助けてくれることもたくさんあるでしょう。

「フワフワ」も「真面目ちゃん」も、どっちも大切な私。

うまく共存させながら、毎日の「楽しい!」をもっともっと増やしていけるといいな。

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