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変わらないもの:ココアのやさしさ

目まぐるしく変わっていくこの世界で、何か変わらないものはないだろうかと考えた。
好きなもの、好きな食べ物、趣味、特技、朝の日課?
だけど、「絶対にこれは一生好きだ!」「ずっと変わらない!」と思っていたものでさえ、あっけなく忘れてしまったり、突然失ったりする。
人との関係は、なおさら。どれだけ大切な存在だと思っても、ずーっと変わらない関係なんて、ない。(それは必ずしも悪いことではないのだけど。)

肌寒くなってきた秋の日、久しぶりに飲みたくなって、ココアを淹れた。
生姜とシナモンと、豆乳をたっぷり入れて。
「あ、これだ。」と思った。

小学生の頃、冬の時期、お出かけから帰ったあとや学校帰り、ココアを飲むことが大好きだった。自分で淹れるときもあれば、休日に小さなお鍋でミルクを温めて、特別おいしいココアを母が淹れてくれるときもあった。
あまくって、心まで暖めてくれるようなあのやさしさを、今でも簡単に思い出すことができる。

よくボストンに行っていた時期があった。
ボストンの冬はとても厳しく、心が折れてしまうほどで、泣きたくなるような寒さが続く。
お出かけで憔悴しきったあと、熱々のお湯を沸かして、家でホットチョコレートを淹れて飲んだものだ。
異国の地で、慣れない寒さと慣れない人間関係の連続で、ガチガチに固まっていた身体と心を、その甘いドリンクはほぐしてくれた。

一人暮らしをしていた頃、雪で電車が止まってしまい、何時間も待ったあと、ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗って、なんとか家にたどり着いた日があった。
人と、寒さと、疲れとで、落ち着かない心を何とか鎮めてくれたのも、温かいココアだった。部屋を暗くして、キャンドルだけを灯して、友人がくれたお気に入りのカップにココアを淹れて、深呼吸をしたのだった。

思い返すと、ココアは寒い時期にだけ登場する、心細い日々にそっと寄り添ってくれる相棒だ。
寒い外から帰って、温かいココアを淹れて、ブランケットに包まれば、もう大丈夫。
ココアのやさしさは、ずっと変わらない。
ずっと変わらないものが、ひとつでもあるなら、わたしは安心して、変化の波に乗ってやろう、と思う。

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