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屈環・【ショートショート】

「あんたさん、新入りかい?外にばかりいて、中のことはよく知らないもんでね」

今年の冬に定年を迎える北田は、カパカパの制服を着た新人警官に声をかけた。
子供の万引きから殺人事件まで、40年という長い間警察を勤めてきた北田は、普通の一般的な言葉使いが分からない。
ただ数年前、万引きをした高校生の親と話した時、「警察のあんたに、あんたと言われる筋合いは無い」と怒鳴られ、何故か納得した。
しかし、誰に対しても「あんた」と呼ぶ癖は直すことが出来ず、後に「さん」を付けることで落ち着いた。

「北さん、行きましょう」
相棒の小久保はエリートで、今は若手として経験を積むために北田と同行しているが、後1年もすれば立場が変わって上司になる。

北田は懐から手帳を取り出した。
「・・・・・・・・よしっ、行くか」
もう退職している、北田の恩師が何気なく呟いた言葉を書いたメモ。それらの言葉を読んで頭に刻んでから出発するルーティンを、小久保は黙って待つ。

二人は外出用の車に乗り、市と町の境にある、通称「竹乗り」に向かう。
手入れされていない竹林の葉が道路を覆い被さるように垂れ下がり、その下を車で通過すると、サーフィンで波の中を潜っているように感じることから、波乗りを文字って竹乗りと呼ばれるようになった。

その竹乗りに、ある車が停まっていると今朝連絡を受け、休暇中だったが出勤してきた。

小久保と一緒にずっと調査していた犯人の車。
その犯人を逮捕することが、警察としての最後の仕事だと感じていた。

さっさと逮捕して穏やかな気持ちで定年を迎えたかったが、調査していくうちに何か胸に霧がかかるような感じがしていた。

今朝も目を通したメモにある言葉の1つ。

罪を憎んで人を憎まず

まさか恩師の口から、刑事ドラマでよく出てくるようなありきたりな言葉が出てくるとは思わなかった。
当時は意味も解らずメモをしたが、定年間際になって、少しずつ理解出来るようになった。
そして、あの言葉も・・・

「北田さん。竹乗りって、昔ヤンキーの溜まり場だったんですよね」

その通りで、ほんの数年前まで、地元の若い衆が改造した車やバイクがよく溜まっていた。
時々喧嘩もあるので、土日の夜はパトロールに向かわなければならなかった。
それが数年前、役所の人間が竹乗りを綺麗に整備することを決め、それをきっかけに不良が寄り付かなくなった。
自動販売機を撤去し、ベンチを2つ設置。週2回の清掃と、月1回の竹林の手入れを行った。
自動販売機に使っていた電気を利用して、夜は竹林をライトアップした。
これが功を奏して、今ではデートスポットとなり、週末はライトアップされた竹乗りを見に多くのカップルが立ち寄る。

そんな市の厄介場だった竹乗りを変化させ、大きく貢献した役所の人間が、先日竹乗りの裏で死んでいた。

今から、その犯人に会いに行く。

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