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屈環【ショートショート】

まるで、夕焼けのようだった。

普通朝の空気というのは青白く感じるはずだが、密集した竹林にろ過され届いた日光は、オレンジ色に感じた。

靴を脱ぎ、靴下も脱いで、田んぼの脇にある決して清んではいない水路に足を浸け、子供のようにバタバタと動かす。

水しぶきが顔まで飛んできて汚いと思ったが、この水を飲んで育った米を食べてるかと思うと、汚いという認識をどこまで追及するべきか迷い、頬についた水滴もそのままにした。

生きることが難しい。

乗ってきた車のドリンクホルダーには、缶ビールが刺してある。
死んでも良いと、やけくそでコンビニで買ったビールを飲みながら運転してきた。
警察に見られたら、飲酒運転で一発免停になる。
それでも死ぬわけではない。

ただ、行動範囲が狭まり、不便になるだけ。
冷静に考えると、死んでも良いと思った割には小さいことをした。

日が上がり、遠くを走る車が増え、静かだった空気が汚れていく。
靴と靴下を抱え、裸足で車を駐車していた場所に向かった。

何時間もエンジンをかけっぱなしにしていたので、排気口の下には大きな水溜まりが出来ている。

その水溜まりが、さらに範囲を広げようと流れていく先に、警察が立っていた。

飲酒運転の証拠はない。ビールの空き缶はあるが、運転中に飲んだものかは分からない。完全に酔いも覚めている。

警察が来たのはそのことではない。

「僕の車は・・・?」
「そもままでいい」

パトカーではない車の後部座席に乗った。
警察署についたら取り調べを受ける。
何から話せば良いのだろう。

何から何まで、起きたことを話して、警察は理解してくれるのだろうか。

車に揺れ、破裂しそうに膨れ上がった感情から、やっとの思いで言葉が出た。

「環境に、罪はないですか?」

警察は黙っていた。返事がないので車の外を見た。
自分の車が止めてある竹林が遠くに小さく見える。

今朝に見た夕焼けのような朝日。
あんな小さい竹林が、私にそう見せていたのだ。

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