見出し画像

アディクティッド・インターホン【ホラー中編小説7話】

塩田は、先ほど友人の長谷川が帰った時のことを思い出した。
間違いであってほしいと思いながら、その時の状況を思い返すが、残念ながら間違いではない。

今、玄関の鍵が開いている。

長谷川が帰った時、玄関まで見送ってない。
ずっとリビングにいて、インターホンを覗いたりしていた。つまり、中から鍵をかけていない。

もし、あのストーカーがエレベーターに乗る時に、この部屋に乗り込んできたりしたら殺されてしまうかもしれない。
普通ならない。何の関係もない部屋に入ってくることなどありえない。
でも、どうしても、

もしかしたら覗いてることがバレているかもしれない疑念が拭えない

震える足を掴んで立ち上がり、内側からロックをかけるために玄関に向かった。

息を殺し、物音一つたたないように、慎重に一歩一歩進んだ。
細心の注意を払い、壁にぶつからないように、物が倒れないように、咳き込まないように歩いた。
心臓が激しく脈打ち、鼓動が外に聞こえないか心配した。

玄関に辿り着いて、鍵に手を掛けた。
ツマミを横にすると鍵がかかるのだが、普通に回したらガチャンと大きな音がするので、慎重に力の限りツマミを握りしめ、ゆっくりと回した。
5秒に1ミリ回すくらい、ゆっくりゆっくり回した。

カ・・・・・・・・チャ・・・・・・・・

3分くらいかけて内側から鍵をかけた。
無音とまではいかないが、外に響くような音ではない。
また、ゆっくりとインターホンの場所に戻った。

「ふぅぅぅ」
何度か深呼吸して、再びカメラを付けた。

ピッ

「・・・・ひぃっ!!!!!?」

咄嗟に悲鳴が出てしまい、両手で口を抑えた。
画面いっぱいに、ストーカーの顔が映っている。

見開きすぎて血走ってるような目
半開きな口
泥か血か分からない物で汚れた鼻
おでこから画面下まで垂れる濡れた髪

までハッキリ映っている。

『・・・シュゥゥ・・・シュルルゥ』

息が荒いというより、歯を食い縛り泡を吹いているような呼吸が聞こえる。
まるで部屋の中が見えてるかのように、ギョロギョロと目を動かす。
身体が動かない。息を吐くことも吸うことも出来ない。
鍵を閉めた時の音で気付かれてしまい、怪しんで見にきたのだ。

プッ

カメラが消え、少しだけ呼吸できた。口を抑えていた手を胸に当て、ゆっくりと息を吸って、吐いた。
カメラを付けたいが、付けることで何か気付かれるかもしれない。
あれだけインターホンに近付いていたのだから、カメラを付けた時のノイズが聞こえるかもしれない。
インターホンの前に立ち尽くしたまま、玄関の方に聞き耳を立てた。

今、玄関前にストーカーがいる。

10分・・・
20分・・・

集中して聞き耳を立てていた。恐怖と緊張で、着ているシャツは汗でびしょびしょになっている。
30分間くらい経った頃、救急車の音が聞こえてきて、このアパートの近くで止まった。

そうだ・・・山崎さんが落ちていたのだった。大きな音もしていたので、誰かが救急車を呼んだのだろう。
先月、ストーカーが落ちた時と同様。見ていた、覗いていたのに何も出来なかった自分を責めた。
救急車が来たことで無責任にホッとして、カメラを付けた。

ピッ

誰もいない。山崎さんの部屋の502号室の玄関も閉まっている。

何もなかったのように・・・

救急車が来ているので、夢や幻ではなかったことは分かる。でも、先程までこの4階、502号室の前で修羅場があったことは分からない。

あのインターホンを覗いていたストーカーの顔が脳裏に焼き付いて離れない。

そして、人が変わったように怒鳴っていた山崎さんと、玄関から伸びていた手・・・

塩田は憔悴した体をベッドへ持って行き、倒れ込むとそのまま寝てしまった。


次の日の朝。
塩田は先月と同じように会社を休んだ。外出するのも恐ろしいし、心身共に疲れて仕事が出来そうになかった。

ドンドンドンドン

ピンポーン

ドンドンドンドン

『すみませーん。○○警察署の者ですー。いませんかー?』

警察が来た。

出たくない。先月と同じように、事件の次の日に会社を休んだとあっては、何か疑われても仕方ない。

ドンドンドンドン

やめてくれ・・・

『いませんかー?』

もう嫌だ・・・

ドンドンドンドン

ドンドンドンドン

・・・・

無理だ

ここには住めない

引っ越そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?