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アディクティッド・インターホン【ホラー中編小説8話】


山崎さんが落ちてから2週間が経った。

あれからすぐに実家に帰ることにした。
精神的にも病んでしまい、会社も1週間ほど休んでしまったが、なんとか今は仕事に出ている。

引っ越すことにはなったけど動く元気がなく、荷物を全てリサイクルショップに売り、残った荷物は引っ越し業者に依頼して、実家に戻してもらった。細かい手続きは親にしてもらった。


引っ越しの手続きなどで、大家の大屋さんとは電話で話した。

そこでまたペラペラと話し始めたので、今回の事件については聞くことができた。

まず山崎さんだが、ストーカー同様、4階から落ちたが、修繕したばかりの自転車置き場の屋根に落ち、屋根がクッションになって一命を取り留め、意識不明の重体で入院中だそうだ。

ストーカーの方は、あの夜病院を抜け出していることが分かったそうだ。
抜け出した痕跡あったそうだが、現在も意識不明の重体で、どうやって脱け出したのか、どうやってアパートまで来たのかは謎で、警察が調べているらしい。

そして、これが一番驚いた。
山崎さんと同棲していた彼氏。別の場所に身を隠していたというのは嘘で、502号室にずっといた。

彼氏は山崎さんに監禁されていた。

そして、ストーカーは山崎さんの方だったのだ。ストーカーだと思っていた、あの髪の長い小柄な女性の彼氏を奪い、このアパートに身を潜めて監禁していたらしい。

警察が502号室を調べたところ、お風呂の浴槽に手足を縛られ、げっそりに痩せ細った彼氏がいたらしく、ろくに食事も与えておらず、便も垂れ流しだったそうだ。

毎朝その男性が出掛けていたのは、万引きや窃盗を山崎さんに強要されていたようで、その男性が働いていた会社のお金も盗まれており、男性は窃盗と横領。山崎さんにも脅迫の容疑がかかっているとのことだ。
山崎さんの意識が戻り次第取り調べられる。

となると、あの玄関から伸びていた手は彼氏であり、元々の彼女であるその髪の長い女性を助けようとしたのか、それとも山崎さんを落とそうしている彼女を止めようとしたのか・・・。

とにかく、山崎さんと、彼氏と、髪の長い女性。この3人の間で、とんでもないことが起きていたのだ。
あの山崎さんの笑顔や口調にまんまと騙されていた。人は見た目では分からないとは言うが、これほどの違いを見たり聞いたりすると、人間不信に陥ってしまう。


そして、今、

最後の手続きをするために、501の部屋に来ている。
カーテンも外され空っぽになった部屋は、初めてこの部屋に入った時と全く同じだ。

そしてこのインターホン・・・

あの時、この画面に映っていた、髪の長い女性の顔・・・。

今でもハッキリと覚えている。

もう、このインターホンを見ることはない。
大屋さんに、この手に握っている鍵を渡して終わり。一生この部屋に来ることもない。
ここに住んでいたのは僅か1ヶ月ほどと短い間だったが、いろんなことがあった。
ありすぎて病んでしまい、住めなくなった。
インターホン自体がトラウマになっているので、そのトラウマが消えるまでは実家に住もうと思っている。


ピンポーン

大屋さんが来た。大屋さんと分かっていても、この音はドキッとする。

塩田はこれで最後と思い、カメラが起動し外の様子を映しているインターホンの通話ボタンを押した。

「は~い、塩田です」

返事がない・・・。

「塩田です~」

おかしい・・・。あの大屋さんが静かでいる訳がない。外の映像を見ても誰もいない。

心臓を捕まれた気がした。

たしかにインターホンが鳴った。でも外には誰もいない。では誰がインターホンを鳴らしたのか・・・。

冷や汗が出て、足が震えてきた。

このインターホンとはもう関わりたくないと思いながらも、目が離せない自分がいる。
画面を隅々まで探すが誰もいない。

直接外を見ようと玄関に向かおうとした時、何か変な物が映った気がしたので足を止めた。
よく見ると、あの山崎さんが落ちた辺りの通路の壁に、黒い物がモソモソと動いている。

その黒い物は外側から通路に入ってくるような感じで、どんどん大きくなってくる。

外側の壁を伝って通路の床に広がっていく。
何かドロッとした古いオイルを外側から流しているようだ。

「・・・やめろ、もううんざりだ・・・」

そう呟いて、カメラのボタンを押して切った。

・・・消えない・・・

このカメラは元々30秒くらいで自動で切れるはず・・・。さっきインターホンが鳴ってから、大屋さんと思って呼び掛け、外の様子を見ていた時間を考えると、2~3分は経過している。なのにカメラは起動したまま。

ピッ
ピッ
ピッピッピッピッピッピッ

何度押しても消えない。

「くそっ、なんだよこれっ!」

押しながら画面からは目が離せない。その黒い物体はさらに広がり、502号室の玄関や、この501号室の方にまで広がってきている。

!?

外側の壁から流れてくる黒い物体の上に、白い棒のような物が見えた。

「・・・手!?」

1つ、2つ、と見えたそれに続き、大きな塊が見えてきた。白い棒が腕で、塊が頭。そして、地面に広がっている黒い物体が頭と繋がっていることから、髪の毛だと気付いた。

「・・・やめろ!消えろ!」

塩田はボタンを両手の親指を重ねて強く押した。が、それでも消えない。

『・・・ザザッ・・・ザザッ・・・ドチャッ』

その物体が人の形であることは明らかだった。外側から、この4階である高さの外側から人が出てきて、通路の床に雪崩落ちた。

床いっぱいに広がった髪の毛を絡めながら人のような物体は起き上がり、こっちを・・・501号室を見ている。

髪の長い小柄な女性だった

「ひぃっ・・・見るなっ!くっ、来るなっ!」

ゆらゆらと左右に揺れながら501へ近付いてくる。
インターホンが消えない。

ガンッ
ガンッガンッ

ボタンを拳で殴る。ボタンは潰れ、めり込んでしまっているが、それでも消えない。

『ぅぅぃぃ・・・・ぅ・・・・ぃぃぃぅぉ』

前にも聞いたことがある、発泡スチロールを擦り合わせたようなうめき声が、脳内に響いてくる。

「くそっ!来るなーーーーーっ!!」

ガンガンッ
ガンガンガンガンッ

インターホンを殴る拳から血が垂れる。

『ぅぅ・・・・どう・・・・して』

!?

初めて言葉のような声が聞こえた。

『どうして・・・・』

「な、な、なんだよ!しゃべんな!」

『どうして・・・助けな・・・かった』

「やめろ・・・やめてくれ・・・・」

『見てた・・・のに・・・ずっと・・・見てたのに・・・・助けて・・・くれなかった』

女性はどんどん近付いてきて、以前外側からインターホン覗くように見ていた時と同じように迫ってきた。

「うううう、悪かった。悪かったから、来ないでくれ・・・」

塩田は泣きながら謝罪した。

『ぅぃぃぅぉぉおおおおお』

女性の怨みのこもった声が部屋中に響く。

「ひぃっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

『ギィィィィィィィ!こそこそ見てんじゃねぇぞーーーーー!!おまえらーーーーー!!』

「ひぃっ、ごめんなさいぃぃぃ」

塩田は耳を塞いで、腰が抜けるようにその場に座り込んだ。

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