屈環＊【ショートショート】

「ちょっと！待って！」

大きめのバスタオルで身体を覆い、車のドアを叩く女性を無視してエンジンをかける。
やれやれ、とため息を付きながら、助手席側のドアを3cmほど開けた。

「ばいば～い。気持ち良かったよ～ん」
「ちょ、ちょっと！」

女性を振り切るように勢いよく車を出した。

「待って～～～」

溝内は振り返らずラブホテルを後にした。

人生楽勝

世の中、賢く立ち回れば楽勝。
ポイントは1つ。
ズルくあること。
すなわち、ズル賢くあればいい。

どれだけの男性が、ナンパをしてからSEXまで辿り着くことを困難としているだろう。

簡単だ。

まず軽そうな女を見つける。
金目の物をちらつかせる。

それだけ。

経験人数＝魅力
と勘違いしている女は、向こうから寄ってくる。
あの女も、高級車の男と寝たと、友達に自慢するはずだ。

自分ではない。
高級車の男。

枕元に10万円置いてきた。
ホテルの支払いも出来るし、タクシーも呼べる。
余った金はお小遣いになる。
文句はないはず。

親の金。
親の車。
仕事なんかしなくても充分遊べる。

あとは頑張って就活していると親にアピールするだけ。
金銭感覚がバグってる親はそれで金を出す。

ズル賢くあればいい。

あの日、無敵になった。
万引きが見付かり、店員に事務所へ連れられ、警察まで呼ばれた。
示談するにも、高校生だった自分に能力がないと、親を呼ぶことになり、母が来た。
怒られると縮こまっていたが、母はその場にいた店員と警察を捲し立て、現金10万円を置いて話をつけた。

母が運転する車に乗り、家に帰る途中母が言った。

「親に迷惑をかけるな」

その時悟った。
親に迷惑さえかけなければ、何をしても許される。
親に迷惑さえかけなければ

無敵なのだ

言えば、仕事をせず、親にお金を貰い生活しているこの状況が、一番迷惑をかけない状態なのだ。

溝内は赤信号に捕まっている間に、タバコに火を着けた。

目の前をのたのたと歩く老婆に舌打ちをした。
窓を少し開け、タバコの煙を外に吐きながら車を動かすと、目の前にまだ横断歩道を渡りきれてない老婆がいた。

「ぅわっ！！」

ドンッ

溝内は慌てて車を降り、倒れている老婆に向かって叫んだ。

「なんで渡ってねぇんだよぉぉぉぉぉ！！」

人生楽勝

人生無敵

無敵だよね

お母さん