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動物と暮らす。

7歳か8歳の頃、住んでいた家の最寄り駅の駐輪場にいた小さな三毛猫を拾いました。

家族全員で外出した帰り道、偶然見つけたその猫に母と私は一目惚れ。その頃は、正しい野良猫保護の仕方があまり浸透しておらず(私たち家族が無知だっただけなのかもしれませんが)、持っていたパン屋さんの袋から買ったばかりのパンを取り出し、その中に猫を入れて連れて帰ってしまいました。

母の自転車の後ろに乗り、猫が入ったパン袋を持つ係になった私。その時の不安とワクワクは今でも覚えています。そのまま私は家族で一番のお世話係になり、毎日ごはんをあげて、遊んで、一緒に寝て過ごしました。

30年以上経った現在の私はというと、5歳と2歳の保護猫と暮らしています。今も子供の頃と変わらずに、毎日ごはんをあげ、遊び、一緒に寝ています。今までに3匹の猫と生活をしているわけですが、最近ふと、猫によって私が感じている関係性が異なっていることに気付きました。

子供の頃に飼っていた三毛猫は、完全に姉妹の関係(私が姉の時もあり、妹の時もありました)。同じ部屋で暮らし、同じ遊びをして、私たちのごはんは母が毎日作ってくれる。私の母が、同じく猫にとっても母であると思っていました。

そして、現在飼っている猫のうち、5歳のオス猫は心強い親友のよう。子供の頃に飼っていた猫は私が18歳の時に虹の橋を渡りましたが、その後の20年弱は私生活や仕事に心忙しく、ペットを飼う余裕などありませんでした。ようやくペットを迎え入れる環境ができた時、私の元へ来たのが、このオス猫です。飼い始めた頃はちょうど、40歳を前に人生の方向転換をし始めた頃だったので、いつでも変わらずに家にいて、毎日マイペースに同じリズムで暮らしている猫の存在が、私を大きく支えていました。それは今も変わらなくて、何か不安なことがあった時、嬉しいことがあった時も、何も語らずにそばに寄り添い、毎日淡々と生活をする猫にとても支えられています。

一方、今飼っているもう一匹の猫は、子供のような存在です。現在2歳ですが、メス猫だからか今も体が小さくて、声も勘高く、常に走り回ってヤンチャ。そして、とても寂しがり屋で、私が外出して帰宅すると、大きな声を上げながら走ってきて、いかに寂しかったかを訴えてきます。

このような関係性の違いについて、あらためて気付いたきっかけはというと、先日2歳のメス猫の定期ワクチンに行った時に「〇〇ちゃんのお母さん」と呼ばれたのですが、この言葉にあまり違和感を抱かなかったこと。以前は「お母さん」と言われると、「お母さんではないのだけど…」と少し戸惑っていました。ですがこの間は、すんなりと自然に、受け入れていたのです。

きっと、ペットと飼い主の関係性は、人それぞれなのだろうと思います。ですが、時々街で、飼い主が犬に叱りつけ、引きずるようにして散歩している姿を見掛けると、悲しい気持ちになります。正解はひとつではありませんが、どんな形であっても、愛情と思いやりに溢れていて欲しいなぁと願うばかりです。

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