みつはしじゅんこ

福祉の相談員として20年。精神病院や地域の事業所で働いてきましたが、色々あって退職し、ひっそりと独立型精神保健福祉士事務所を開設。もう、しがらみなく、医療や行政からの苦情も気にせず(笑)、おかしな×おかしなこの国の精神医療と福祉ギョーカイについて、ぼちぼちつづっていきます☆

みつはしじゅんこ

福祉の相談員として20年。精神病院や地域の事業所で働いてきましたが、色々あって退職し、ひっそりと独立型精神保健福祉士事務所を開設。もう、しがらみなく、医療や行政からの苦情も気にせず(笑)、おかしな×おかしなこの国の精神医療と福祉ギョーカイについて、ぼちぼちつづっていきます☆

    最近の記事

    事務所のホームページを公開しました☆

    https://mjpsw-jinken.com/ 開業してから早1年近く、、ようやく出来ました。 いろんなことを詰め込みすぎちゃって、これ、誰が読むんだよ!という感じになってしまいましたが、みつはしが伝えたいことが、ぎゅぎゅっと、詰まっております。よろしければ、ご覧くださいませ。。 自分で読んでて、もう胸やけしてます!!味が濃すぎるぜ☆ そして、ますます業界から嫌われそうです( ゚Д゚) まあ、望むところですけどね(/・ω・)/ ➡ そういうとこだよ!笑 ホーム

      • 町内会デビュー、スペックZEROで撃沈( ゚Д゚)

        町内会(ちょうないかい)とは、日本の集落又は都市の一部分(町)において、その住民等によって組織される親睦、共通の利益の促進、地域自治のための任意団体・地縁団体とその集会・会合である。←ウィキペディアより 実家(神奈川の田舎・笑)にいた頃は、両親が全部やってくれていた(のだと思う。よく知らない)。 21歳で就職し、職員寮に入ったので、そこでも町内会との接点はなし。 その後、転職と同時に夫と結婚前に同棲したアパート時代も、他の住人さんとの接点もなく、忙しく働くだけだった

        • 予期せぬ引っ越しで、てんやわんや(´゚д゚`)

          職場を辞めよう辞めよう、と思って奮闘している日々の中に、急に引っ越しが決まりました。 義父と私たち夫婦が同居することになったのです。 慌てて段取りや準備を始めました。 すぐ近くへの引越しなのに、引っ越し料金は同じ、と言われて業者に文句言ったり、同居先の家が不用品だらけで、引越し前に処分の業者を入れることになって、予想外の出費があったり。 くっそ忙しい中、毎日ヘロヘロで荷造りしたり(笑) 仕事しながらよくやれたと思います。 義父と義母の話はこれまた色々あって、オイオ

          • 辞めますって、なかなか言えないよね

            空から降って来たようなひらめきがあって、 辞めるぞー!!と勢いよく夫に言ったものの。 完全に辞めて職場を離れない限りは、毎日の仕事や役割は、いつも通り続くわけです。 月から金の、フルタイムをがっちり押さえられる生活は変わらない。夜間や休日には、別で立ち上げてる市民活動や、家の用事も詰め込んでいる。 一番大きいのは、有り難いことに今の職場が嫌で嫌で、早く離れたくて仕方がない、のでは「全く」ないということ。 そして、さらに幸いなことに、利用者さんだけでなく、周りの同僚たちや

            はじめて、次を決めずに辞めることにしてみた

            「ええーーっ!!そうなの?どうすんの?」 夫が唖然としていた。 1年後に辞めるよ。次の職場は決めないよ、と私が言ったからだ。 いつもいつも、私は自分で勝手に考えて、なんでも決めてしまう。 相談員の仕事をしてるのに、自分はあまり、人に相談しない。 なんかめんどくさいからだ。 誰かに話すときは、もうあらかた決まっている時なのだ。 だから現場でも、利用者さんたちが日々日々、たくさんの相談をしてくれることが、不思議で仕方なかった。 なんかあったら相談してね、とか、なんで相談

            雇われて働くことしか、考えてなかったのに

            「あ、もう組織をやめようかな」 そう思う瞬間があった。 それまで、現場では常にもどかしくて、怒ったり泣いたり、悩むことはたくさんあったけど、だからこそ組織に、業界の中にいて闘う必要があると思っていた。こんなおかしな精神医療と福祉のギョーカイを少しでも、中から変えていきたかったし、それが一番の近道だと思っていた。 何よりも、こんなおかしなギョーカイでも必死に生きる、頑張っている利用者さんのそばに、ずっといたかった。 支援だなんてえらそうに言うけど、新卒から20年。たくさ