資格の勉強

40歳をとうに超えて、資格の勉強を始めた。
と言っても、既に合格している友人には、「ほとんどの人は受かる資格」と言われて、妙なプレッシャーを植え付けられてしまうくらいの、初心者向けの資格ではある、が、しかし。
資格の勉強、侮れなかった。

何の知識もないまっさらな頭に、3センチほどもある教科書の中身を入れていかなきゃならない。
一体何をどうしたらいいのか・・・。
教科書を前にして、途方に暮れてしまう。

とにかく一通り目を通してごらんと、アドバイスされるも、
馴染みのない言葉の羅列に、襲ってくる睡魔。

とにかく勉強のし始めが本当に苦痛だった。

学生の頃、テストや受験勉強はそれなりにこなしてきたんだからという、
ささやかな自負が脆くも崩れ、

どうやって勉強したらいいかわかんない・・・泣

という大きな壁に激突。

やる気も起こらず、仕事や家事の合間に勉強の時間を取るも、
なかなか捗らなかった。

それでも、友人のかけてきたプレッシャーと、払い済みの受験料、
そして、ここで断念したら、この先自分はなにも成し遂げることができないんじゃないかという、強迫観念に背中を押され、
全然意味わかんない、と思いながらも問題を解き続けた。
覚えられないことはノートに書いた。
書いている意味があるのかわからなくても、書いた。
マーカーで線を引いたら、線だらけになっちゃうと思いながらも、線を引いた。

すると少しずつ、ほんの少しずつ記憶に残り始めたのだ。

ジグソーパズルの絵がだんだん出来てくると、ピースをはめる時間が早くなり、
楽しくなってくるように、勉強したことが自分の中に蓄積していって、
「わかった!」が増えて行くことで、勉強することの苦痛が減っていった。

私の頭、まだ新しいこと覚えたり、理解したり、できるんだな。
初めはうまくいかなくても、ちょっと堪えて頑張ったら、できるようになるんだな。

取得しても自慢になるような資格ではないけれど、
今回この資格を取ろうと決めて、勉強を始めたことで、
資格そのものよりも、この自分の変化を実感できたことがとても大きいと思う。

自分にも何かできるかもしれないという自信。
頑張ったら変わるんだという経験。

そしてハッとする。
これって、子供たちが勉強する、本当の意義なんじゃないだろうか。
知識を増やすことだけでなく、それによって自分は成長していると感じられること。自分が自分を育てていっていると感じること。
その感覚を、勉強することで手に入れられたら、こんな心強いことはない。
そうして自信をつけていってくれたら、その先に出会う初めてのことにも、
ちょっと尻込みしてしまいそうな困難なことにも、どんどん挑戦することができるじゃないだろうか。

私が手にした自信は、とても小さく、ささやかだけれど、
それでもこういう自信が積み重なっていったらどんどん成長していけるような、
そんな気がするのだから、いわんや子供たちをや、だ。

さて、試験は1週間後。受かるかな。受かるといいな。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?