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2. カガヤンデオロ到着の前夜

日本からカガヤンデオロへの直行便はない。
立ち上げメンバーである私たち3人はマニラのホテルで待ち合わせをした。


その日は大雨が降っており、空港からホテルまでは大渋滞。
さらに、タクシーのシートに雨水が浸水してきて、新調したばかりの白いパンツのお尻の部分が茶色で染まってしまった。


ドライバーに事情を説明しても、もちろんクリーニング代などは出るはずも無い。
残りの約3時間、何とかお尻を浮かしながら被害を最小限に食い止めようと試みるが、すぐに大腿四頭筋が悲鳴を上げ、びしょびしょのシートに止むを得ず座り続ける。


客観的に見て、


観光客がフィリピンの水を飲んでお腹を壊した→大渋滞で我慢できずタクシーの中で漏らした→だからパンツのお尻の部分が茶色い


これほどの完璧なロジックを果たして覆すことは可能なのか。


そもそも、漏らすこと自体は恥ずかしいことなのか。
それは単なるステレオタイプじゃないのか。
脳みそが千切れるくらいに考えろ。




うん、めっちゃ恥ずかしい。



そんなことを考えている間にホテルに到着してしまった。

ホテルのドアマンがお迎えにきた。



ドアマン: 「Good evening, sir. Are you checking in?」

私: 「I’m OK」



先走ってしまった。
何がOKなのだろうか。何もOKではない。
もちろんチェックインしたいし、荷物を運ぶのを手伝って欲しい。

漏らしていないということをアピールしたいという想いから無駄に強がってしまった。
しかし、私は無罪だ。やましいことは何もない。堂々としたら良いじゃないか。


煌びやかなエントランスを颯爽と歩き、受付までたどり着く。
英語でチェックインするのに慣れてますと言わんばかりに積極的なコミュニケーションをとる私。

一秒でも早く部屋に駆け込み、下着とパンツを履き替えたい。
いや、むしろこんな幸先の悪いプロジェクトからは一刻も早く降りたいとすら思う。

チェックインを間もなく完了しようとしていたころ、目線の先にロン毛おじさんを見つけた。

私のお尻がふやけて痒くなっている中、彼は乾いたグレーのパンツを履いて、あたかも「気分は上々だぜ↑↑」みたいな顔で立っているではないか。

これから直属の上司となる人に、自分のお尻も管理できないビジネスマンだと思われることは絶対に避けなくてはいけない。



私: 「お疲れ様です。いや聞いてくださいよ~タクシーのシートに雨水が浸水して、パンツが汚れちゃったんですよ~。でも客観的にみたら漏らしてるみたいで恥ずかしかったです~。もちろん本当に漏らしてはいないんですけどね~。」

ロン毛: 「知ってるか?」

ロン毛: 「犯罪をした人は皆、『私はやっていない』と主張するらしい。」



犯罪をした人は「やっていない」と主張する→漏らした人は「漏らしていない」と主張する


つまり、ここで私が
「いや、でも私はホントに漏らしてないんです」と言っても、
「漏らした人は皆、漏らしていないと言うんだ」と返される。

そこで、逆を突いて、
「そうなんです、実は漏らしたんです。」と言っても
「お前のお尻マネジメントまでは出来ないぞ」と言われるのが関の山だ。


そう、ロン毛さんの第一声で、すでに勝負はついていた。


『人の上に立つ者、すべての結果に責任を取る覚悟を持て』

そんなメッセージすら感じる。


圧倒的な人間力の差。

これが、“プロフェッショナル”なのか。

一生かけても追いつける気がしない。

小手先の努力云々でどうにかなる問題ではない。

ただ、

こんな人とこれから一緒に働くことができる、

それは何て恵まれたことだろう。

『この人の全てを吸収しよう。』

そう固く決意した時、

自然乾燥で私のお尻はすでにサラサラになっていた。




次の日の朝、私たち三人はホテルのエントランスで集合し、カガヤンデオロへ一緒に出発した。
そこで初めて、“無駄に基礎代謝が高いお兄さん”に会った。


基礎代謝: 「初めまして、無駄に基礎代謝が高いお兄さんです。」

私: 「初めまして、よろしくお願いします。」


基礎代謝さんは30代半ば、スラっとした体形で、スポーツ刈りのいかにも足が速そうな人であった。
ただ、あまり口数が多いわけではなく、職人気質な一見近寄りがたい雰囲気を持っている。

奥さんと2人のお子さんを日本に残して、今回の立ち上げに参加する。
話をしていると家族へ愛がひしひしと伝わってくる。


私: 「基礎代謝さん、髪は早速フィリピンでカットしたんですか?」

基礎代謝: 「いや、日本でカットしてきたけど、なんで?」


しまった。
いきなり気まずい。
その仕上がりからして、すっかりフィリピン名物の100円カットでも試したのかと思い込んでしまった。


私: 「いや、自分は昨日、早速こっちで髪でも切って、早く現地に馴染みたいなと考えていたので。」

基礎代謝: 「なるほど….」

基礎代謝: 「たしかにそれって大事だよね。」

基礎代謝: 「現地の人と同じ物を食べて、同じ音楽を聴いて、同じファッションをして初めて分かることって、きっとあるはずだよね。」

基礎代謝: 「そんなことをすでに考えてるなんて、見習いたいです。」




自己嫌悪!!!!!!


こんなに純粋で真面目な人と、私はうまくやっていけるだろうか。
私のサンバのリズムが狂う。
清らかなオーラに息苦しさすら感じた。

そもそもこの3人は、日本で一緒に働いた経験はもちろんのこと、話したことすらなかった。
年齢も約10歳ずつ離れている。

私: 20代中盤、ゆとり世代
基礎代謝: 30代中盤、はざま世代
ロン毛: 40代中盤、ポストバブル世代

お互いが全く違う幼少期、学生時代を過ごしてきた。

ロン毛さんが「大学時代にペットボトル飲料が初めて発売された」という話を披露した時、私は驚きを通り越して感動すら覚えた。

しかし、本当にこの3人はチームとしてワークするのだろうか。

そんな不安を抱えつつ、3人はカガヤンデオロの空港に到着した。



つづく

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