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(公務員なのに)1年経たずに復職した理由

私の職業は公務員である。
前職の民間企業では、営業ゆえ体力的にハードな仕事内容もあってか、仕事を辞めたいから結婚したい、と語る同僚は複数いたし、実際本当に辞めた先輩もいた。

転職してからというもの、寿退社を周囲で聞いたことがない。
子育てと仕事を両立する先輩方多数の、比較的恵まれた環境。私が強く望めば、息子が3歳になるまで育休が取れたはずの環境。

しかし、私は早期復職を選んだ。
その理由や、その時の心境を深掘りしてみたい。


①戦略的に保育園を選択するため

車なし&電車通勤の我が家にとって、保育園は通勤経路内、もしくは駅か自宅から近いことは必須条件だった。
ちなみに現在息子が通う駅近の保育園は、1歳児クラスの枠が若干名を残す程度で、来年度入園申込も争奪戦。それ以上の年齢になると空きはなし。
やはりというか、考えることは各家庭変わりはないのだろう。郊外暮らしなのにこの有様である。
というわけで、兄弟加点なしで世帯収入もそこそこの我が家が子どもを確実に入園させるには、0歳入園しかなかった。

ただこれも、息子が7月生まれだったから0歳入園に踏み切れたのは事実。早生まれだったらこうはできず、競争相手多数の1歳入園にチャレンジするしかなかったに違いない。
とにかく、生まれ月によって戦略や状況が変わりすぎるのが、今の保活の問題点だと思う。
…話が逸れてしまった。

②育休生活が楽しくなかったため(主に自身の不注意のせいで)

その詳細は長文になるが、リンクを参照されたい(3話完結)。

③職場の人員不足のため

敢えて言いたい。部署によるが、公務員も楽じゃない。
私の所属する部署の状況(当時)は以下の通り。

  • 少人数部署

  • 残業が当たり前

  • 繁忙期は土日出勤もザラ

  • 乳幼児持ちの職員は私のみ

  • というか私が係の中では最若手

  • 私の代わりに採用した育休代替職員は一度も出勤せず退職(これは無茶苦茶な話だと思うが…)

つまり私の産育休の間は1人欠員状態のまま、ただでさえ繁忙な状況を乗り越えたらしい。

ということで、異動後1年経たずに妊娠した若輩者にも関わらず、私の復帰は歓迎された。
が、私をマミートラックに乗せられる程、部署に人的余裕はなかった。
私には出産前と変わらない量の仕事が振られたのだった。

その後結局どうなったのか

ここまでつらつら書いてはきたものの、営業6年、転職してケースワーカー3年を経て配属された現在の部署は、前職時代からずっと希望候補の1つだったバックオフィスの分野。
希望してそう簡単に行ける部署でもなかった。
何かと制限のつく立場であることに間違いはなかったが、それでも何とかしたいという気持ちだけは常にあり、ここから奮闘の日々が始まるのだった。

この部署には現在も在籍している。奮闘の成果は多少なりともあったのでは?と信じたいところである。
月並みな表現だが、所謂「公務員ワーキングマザー奮闘記」の一例として、これから定期的に綴っていきたいと思う。

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