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手紙と恋とエトセトラ
郵便やさんのバイクの音がしてね、ポストがカタンって言うでしょ? あ、わたしになにか届いたかな?って、わくわくするよね。
でも、そういうときに限ってわたし宛てじゃなくて、なんだかちょっとがっかりするよね。
ダイニングテーブルを拭きながら、娘が私に話しかける。
はて。娘はなにかを待ってるんだろうか。まだ就職試験は始まっていないし、ドキドキの成績表が郵送されてくる時期でもない。なんだろう?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
手紙を書くのが好きなのは中高生の頃からで、大人になっても便箋と切手は欠かさない。
でも、いつからか、手紙をほとんど書かなくなった。ここ半年の間に書いたのは、4週に1度、仕事中の留守宅にモップの交換にくるダスキンさんへのメモのような手紙と、98歳の祖母へのお年玉に入れたちいさな手紙だけ。
いくちゃんが10年ほど前に沖縄の離島に嫁いでから、私はあまり手紙を書かなくなった。その頃、手紙はEメールに取って変わられていて(LINEが登場するのは、もうすこし後のこと)、メインの連絡手段はお手軽な携帯メールになり、手紙をやりとりするのは、いくちゃんだけになっていた。
彼女は学生時代の友人で、当時、飛行機と飛行機と船を乗り継いで行った旅先の、離島で出会った人に恋をしていた。ほぼ毎週末のようにそこへ通っていたけれど、なかなか恋は進まず、片想いの相手は一向にはっきりしない態度。彼女はつのる想いやモヤモヤを、毎回、便箋10枚くらいの分厚い手紙で聞かせてくれた。
10枚の思いを読めば、お返事も10枚ちかくなる。たぶん1通の手紙に詰めた文字は、1,500〜2,000字くらいだったろう。
こども達を寝かしつけた夜中、ぽつんと灯りをともしたダイニングで、彼女を思い、そっと万年筆を走らせる。ときおり冷蔵庫がぶーんとうなり、秒針が夜をきざむ。私は、さりさりさり・・・とかすかな音をたてながら、和紙の便箋に思いをのせていく。
ひとり娘のいくちゃんは、これから老いていく親を地元に残して、自分が島へ行ってしまっていいのかどうか、自問自答をくり返していた。彼女のさまよう魂は島と両親に半分ずつ置かれていたから、恋にも100%のチカラで踏みこめていないように見えた。
いっぽうの私は、「他人軸」で周囲の評価にとらわれる生き方から、「自分軸」で自身の納得を探す生き方にシフトしようとしていて、いくちゃんにも彼女自身の納得のいくように生きてほしいと願っていた。
何万字もの往復書簡のすえ、彼女は「うた、久しぶりに会おうよ。会って話したい」と書き、私の暮らす街までやってきた。個室で豆腐料理のフルコースをいただきながら、私たちはせっかくの料理の味も覚えてないほど、たがいの言葉に熱心に耳をかたむけあった。
そこで彼女は語ったのだ。
「私、島へ行こうと思って!」って。
学生時代のはつらつとした彼女を思い出させるような、いきいきとした瞳だった。
それまでの、ツーリストとして行くのとは、違う。その日の彼女の「行く」は、彼のフィールドへの移住だった。
それからまもなく、いくちゃんは半ば押しかけ女房のように、彼と結婚した。(今では仲良し夫婦で、彼を公私ともに支えているらしい)
長年の恋の悩みから解放された彼女からは、次第に手紙が来なくなり、年に一度届く年賀状には「あ、メールアドレスお知らせしなくちゃね」と書いてあるのに、メールはいっこうに届かない。もうメールじゃなくて、LINEにしてもらってもいいかな。
手紙でもLINEでもなくていいから、感染リスクが下がったら、今度は私が彼女の暮らす島へ会いに行きたいと思っている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
炊き立てのごはんを圧力鍋からよそいながら、娘にたずねた。
なにか、とどく予定があるの?
いや、今は予定してたライブもみんな配信になっちゃったし、グッズはもう届いちゃったから、なにも届く予定はないんだけどね。なんかさぁ、あ、届いたかな?って思わない? わくわくしない?
あぁ、たしかに、わくわくするかもしれない。手紙のやりとりをしていた頃は、ポストをのぞくのが楽しみだったもの。でも、娘よ、なにも届く予定はないんでしょう?
私は娘に言った。
ラブレターが届くかも!とかさぁ、楽しそうな話があったらいいなぁって思ったのよ。
残念だねぇ。浮いた話はないし、そもそも誰かと付き合ったところで、手紙はこないでしょ? え、手紙くる? LINEかDM(ダイレクトメッセージ)だよね。それに、だいたい相手がなんで私の住所知ってるの? 怖っ!
目がテンになった。
今どきは、付き合っている人に住所って教えないものなんだろうか?
まぁ、たしかに住所なんて知らなくたって、宅配便でも使わないかぎり、こと足りるのだろうし、個人情報をビラみたいにパッパッとまいて歩くよりはいいけれど。
堅い娘に安心するやら、かえって心配になるやら。
「手紙でもLINEでもなくていいから、会いに行こう!」
私がそう思ったように、“ポストをのぞくわくわく”以上のドキドキが、いつか娘にもやってくるといいなぁ・・・と、今は思う。
ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!