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心温まるプレゼント『感想文の日』〜折星かおりさん

今朝、目が覚めたら、心温まるプレゼントが届いていました。

今回で20本目の節目となる、折星かおりさんの毎週土曜日【感想文の日】。
この企画にみずから応募して、読んでいただいたものです。

ピックアップする作品を指定することもできたのですが、私は敢えて指定しませんでした。
夏に出会ったかおりさんのnote。
ここに綴られる彼女のエッセイと過去の感想文を読んで、かおりさんの文章との向き合いかたを信頼していましたし、かおりさんがどの作品を選んでくださるのか、知りたかったからです。
こちらからは「お心に留まるものがあったり、逆に“ここが惜しい”という作品を」とお願いしたのみでした。

取り上げてくださった3つの作品はどれも思い入れの深いもので、それぞれの作品に添えられた紹介文と感想文を読んでいるだけで、満ち足りた気持ちになりました。

先週の日曜日から、ときどき届く通知。
かおりさんが最初の記事から順に読んでくださっていることが、スマホの向こう側から伝わってきて、ドキドキします。
そのドキドキをお返ししたくて、かおりさんの文章をいちばん古いものから読み始めました。今日はかおりさんのように、そこから3本ピックアップして、感想文を書こうと思います。

 

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かおりさんの書く文章には、“いやらしさ”がない。
この“いやらしさ”とは、「読み手の感情の振れ幅をコントロールしようという意図をもった言葉選び」です。
正確に言うとあるのかもしれませんが、私には感じられません。物事や記憶や感情を、淡々と綴っているかのように見えていました。
でも、さかのぼって読み始めると、ことばの向こうにある熱い思いがどんどん伝わってくるのです。
憧憬、熱意、焦燥、落胆、慟哭、思慕、愛着、感謝、諦念、慈愛。
そのどれもが、無駄なことばを足されることなく、素直に綴られています。

漢字とかなの割合や、解りやすい言い回し、適切な長さ・・・とても読みやすい文章だからなおのこと、かおりさんのことばは、するすると心に入ってきます。

 

真面目で、負けず嫌いで、我慢強い。
自分のなかにある小さな狡さを肯定してはいけないと思うような、生真面目さがある。
誰かの好意を素直に受け取り、その思いに心震わせる。
愛されていると知ってはいるけれど、やっぱり愛されたいし、甘えたい。
そして、誰かの背中を押したい。応援したい。愛したい。

かおりさんの作品からは、こんな人物像が浮かび上がってきます。

 

編集部お気に入りマガジンにも収載された『私が運んでいたものは』で、折星かおりさんをご存じのかたも多いかもしれません。
学生時代の4年間アルバイトとして働いていたフレンチレストランを卒業する三月、料理長に声をかけられて、かおりさんは一緒に卒業する三人で記念のディナーに訪れます。
今まで働いていたお店で、お客さんとして味わうていねいな接客、予約したコースとは異なる三人のために用意された特別なディナーコース、デザートプレートのメッセージ・・・かおりさんは味わいながら、4年間に思いを馳せます。
人をたいせつにするということは、どういうことなのか。
自分にできる方法で、最大限その気持ちを伝えることとは。
料理長やスタッフの送り出す気持ち、かおりさんの受け取る気持ちが温かくて、読んでいて胸がいっぱいになる作品です。
まだ出会っていないかたは、是非!
おすすめです。

この作品だけではなく、ピックアップに悩む作品が実はたくさんありました。
双子のお姉さんへの複雑な思いを描いた『私はひとりになれない』、子育てを終え次のステージへ踏み出そうとするお父さんへの思いを描いた『最後にもう一度』、落ち込んだときの気持ちの立て直し術『ぐつぐつ、きらきら』・・・好きな作品がいくつもあります。
私の描く世界を好んでくださるかたには、きっと、かおりさんのことばが届くはず。
それでは、私のピックアップした3つの作品をご紹介しましょう。


■ 痛くないふりばかり

新卒で就職した企業は、第一志望ではありませんでした。働きながら再度第一志望にチャレンジするも、片想いに終わってしまいます。それでも、思いは断ち切れません。
失意と迷いのなかで受験した昇格試験。筆記試験に使ったのは、憧れの書く仕事に転職できたときのために新調した文房具で・・・。

かおりさんが真新しい消しゴムで消そうとしたのは、何だったのでしょうか。

痛くない、痛くない。自分に言い聞かせる。憧れた会社ではないけれど、そこで使うはずだったペンで、消しゴムで、私は進もうとしている。
 
新しい消しゴムを紙に当てて、ぐ、と力を入れる。ほんの数センチ滑らせただけで角はなくなって、くるる、と黒い消しかすになる。
 
痛くない。全然痛くないんだから。

憧れと現実。
思いどおりに進めるとは限らない人生のステップを、迷いながらでも前に進もうとする、せつなくビターなエッセイです。

実は私も、新卒で就職したのは、第一志望の企業ではありませんでした。第一志望に進めなかった理由はかおりさんとは異なるのですが、卒業から四半世紀が経つ今でも、喉の奥に小骨のように刺さったままになっています。数えきれなく通過してきた選択肢のなかで、おそらくトップを争うほどの大きな分岐点だったと思うのです。
もしかしたらあったかもしれない、もうひとつの人生。もうひとりの自分。
それを持たない大人なんて、きっといない。

もがきながら進んでゆくかおりさんを、応援しています。
この作品がお好きなかたには、こちらもおすすめ。
もったいないかどうかは私が決める

 

■ わたしたちの旅日記

ふとした瞬間に読み返したくなる、リビングの本棚に置かれた5冊のノート。それは、かおりさんのお母さんが綴った家族旅行の旅日記でした。両親と双子のお姉さんとかおりさん、そして弟。5人の旅の記録は、愛おしさに満ちています。
それはきっと、お母さんの書きとめるフィルターが、“残しておきたい情景”だったからでしょう。
旅日記からかおりさんが切り出した情景を読んで、私は、それを書き起こしたお母さんの心の動きを想像しました。

「何でこれ、何回も読みたくなるのかな」
 
こんなにくだらないことばっかりなのにね、と付け足すと、母は言う。
 
「くだらないことばっかりだからよ。書いとかないと忘れてしまうような、どうでもいいことを書いておきたかったんだもん」

他愛のない“どうでもいいこと”を書き残すことは、そのときの会話や表情を、食べ物の味わいを、目にうつる景色を、文章に閉じ込めることです。
いつかそれを読んだとき、閉じ込められたことばたちが、その瞬間を彩りゆたかに再現してくれます。
かおりさんのエッセイと、お母さんの旅日記。
noteでかおりさんがしていることの原点とまではいかなくても、そんなに遠くはない“つながり”があるような気がしました。

 

■ ささいな物語が読みたい

新聞記者になりたいという憧れが具体的な目標となった背景には、学生時代に出会った記者の言葉がありました。
そしてその言葉は、まだ記者にはなっていないかおりさんの“今”をも支えています。

誰かの話に耳を傾けたり、書かれた文章を読むことを通して、私たちは誰かの経験や体験を二次的に体感することができます。それは、同じ24時間を生きる自分の経験を、2倍にも3倍にも10倍にもゆたかにしてくれるのです。
誰かの声を聞いて、その瞬間を体感し、ことばに起こす。
その行為を通して自分自身もゆたかになるし、読み手の心をゆたかにすることもあるかもしれません。

「『普通のひとの普通の言葉や出来事』を、すくいあげたい」
 
まだ捨てられない就活ノートの最初の一行に、次のページに跡が残るほどぎゅっと力強く書いてあるのだから。

この作品を読んで、かおりさんが毎週土曜日に更新している『感想文の日』は、作品を通しての、かおりさんから作者へのインタビューなのだと感じました。
書かれた“言葉”をすくいあげて、かおりさんのことばで作者の思いに寄り添っていくインタビュー。
その感想文は、作者を応援する温かいまなざしに満ちています。

応援するかおりさんを応援したくなった、そんな1週間でした。
心温まる経験を、ありがとうございました。

 

かおりさんの『感想文の日』、現在、11/21以降の回を受け付けているそうです。もしよかったら、下の記事のコメント欄から。


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