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◇不確かな約束◇第10章② 再会

下り坂のカーブを曲がると、眼下に夕陽に染まる横浜の街が広がった。雲を染めるグラデーションの向こうに、ちいさな富士山のシルエット。
高まる緊張を振りほどくように、小さくため息をついて、歩き出す。

  

地下鉄の窓に映る私は、もう、あの頃のポニーテールじゃない。
あのときプレゼントしてもらったモノトーンの水玉のシュシュは、今の私には、ちょっとこどもっぽいかな。
黒い窓を眺めながら、ずぶずぶと思考の沼へ沈んでゆく。反芻したくないのに、何度も何度も漂ってしまう7年前の記憶。

いざ合格通知を手にしたら、現実がどっと押し寄せた。寮の見学、荷物作り、買い物、引っ越し・・・入学を目の前にして、私は怖かったんだと思う。
新しい生活が始まれば、きっと自分のことで手一杯になってしまう。だから、いったん別れて、私が成長したあとにもう一度好きになるしかない。そう思ったから、言ったのだ。
「やっぱり私たち、一度、別れましょ」って。

決して、シュウが嫌いになったわけではない。
決して、ひとりになりたかったわけでもない。
でも、彼に考える隙を与えなかった。選択肢を与えてあげることすらしなかった。

後ろめたさ・・・
突然別れを切り出された彼の気持ちにフォーカスすると、胸が痛む。
思っていたよりもずっと、私のしたことは残酷だったんだと、改めて気付いてしまう。

あのとき、宝来亭で竜也に話した7年間の決意表明は、本心だった。
でも、あんな風に自分からシュウを切り離した原因は、他にもあったんじゃないだろうか。
自分の気持ちに蓋をしてしまう何かが。

 

 

高崎行きに乗り換えると、見覚えのある夜景に思い出が映り込む。
江ノ島、シーパラ、ズーラシア、赤レンガ倉庫、野毛山動物園、三ッ沢球技場・・・横浜方面へ出かけた帰りに、シュウと眺めた景色。帰り道はいつだってせつなかった。また明日会えるって知っていても。
白のコンバース、擦り切れた501、温かく乾いた大きな手。
不意に涙がせりあがってくる。

 

あぁ、私は何ということをしたんだろう。今になって気が付くなんて。
私は“一番たいせつな人を傷つけないために自分から切り離して、7年間勉強に集中するんだ”って思っていたけれど、その行為こそが、たいせつな人を何よりも傷つけたんだ。

 

 

7年の間に、Promised Placeは coto cafe.という違う名前の店に変わっていた。でも、写真で見る限り内装は当時と変わらないから、きっとわかるはず。
シュシュで髪をハーフアップにして、エレベーターで2階へ上がる。
シュウは・・・来るだろうか。

 

白いアンティーク調の扉を開ける。

からんから。

その瞬間、目が合った。

 

シュウが、いた。

 

 

いや、何でって言われると困っちゃうんだけどね、私もあのときは、幼いなりに誠実でいたいと思ったんだよ。経験を積んで、それから・・・って思ったから、7年後って。いや、今になってみると、甘かったなぁって思うよ。まだ1年、研修期間残ってて、ぜんぜん一人前じゃないしね。

今日ね、閉店まで待つつもりで来たんだ。店の名前も変わってるし、7年も経ってて、おたがい今の生活もあって・・・。来てくれなくても仕方がないって思ってた。
だからね、まずは覚えててくれて、ここへ来てくれてありがとう。

言い訳みたいになっちゃうけど、あの頃はあれで精一杯だったと思うんだ、私。
でもね、さっき横浜から湘南新宿ラインに乗ってたらね、何だか胸が痛くなっちゃって。

 

 

あぁ。懐かしい! 昔、よく乗ったよね。
誰かさんの好きなズーラシアとか、ズーラシアとか、ズーラシアの帰りに。

 

 

いや・・・たしかにズーラシア好きだったけど、赤レンガとか、野毛山とか、シーパラとかも行ったよ。あと、マリノスの試合見に三ッ沢にも。
そりゃあ、高校生のデートなのにズーラシアが多かったのは、ホント、私のせいだけども!
私の趣味で引きずりまわして、ホントごめんね。

私さ、今、旭山動物園の獣医師と周りの先生たちのやってる研究会に参加してるんだけど、そこでね「松井先生は反芻動物だから」って言われたんだ。
牛とかさ・・・そうそう、それ! 4つで合ってる。
何度もくり返し思い出して考えて、咀嚼してってタイプだって。
それさ、自分でも、本当にそうだと思ったの。

でもね、シュウのことは不思議と、意識的に反芻しないようにしてたみたい。

 

 

思い出したくなかったってこと? 自分から振ったくせに、言うこと勝手だよなぁ。
俺は、心の奥に刺さった小さな棘みたいに気になってたよ、ずっと。
遠距離になるから淋しいけど、できるだけ連絡取り合って・・・なんて健気な覚悟してたのに、俺は捨てられたんやって思った。
あんな勝手な訳のわからん理由で簡単にさよならされてしまうんやって、ホント、人間不信になったよ。
あれから、どうやって女の子を好きになればいいのか、特に学生時代なんて、正直よくわからんかったし。

 

 

ときどき関西弁のイントネーションになるんだね。そこに、時間を感じるわ。
何だか、遠くへ行っちゃった感じがする。

 

つづく
※ この作品は、リレー小説◇不確かな約束◇の参加作品です。

ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!