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いっしょに行くから楽しいんだよ、きっと #旅のフォトアルバム

 冬のはじまりとは思えないほど、ぴりりと冷えた朝でした。いつものホーム、いつものリュック、いつもの帽子、いつもの革靴。いつもの水で乾いたのどを潤します。でも、どこか違った景色に見えました。
 待ちわびた旅が始まるのです。

「ねぇ、今日は見えるかな。前はきれいに見えたよね」
 雪化粧の富士山にレンズを向けたのは、4年前の冬のこと。感染症を怖れたあなたとふたたび旅に出るまでには、たくさんの月日が必要でした。

 行き先は横浜。わたしが子ども時代を過ごした街です。あの頃ずっとずっと工事をしていたバス通りの下を、ブルーラインで通過します。

 ホテルのエントランスにはいくつものクリスマスツリーが輝いていて、なつかしい讃美歌が流れています。アドベントだものね。
 あなたの足もとは黒のコンバース。靴ひもを固く締め直して歩き出しました。

 

 

 白い息を吐きながらしばらく行くと、環状の歩道橋が見えてきました。ずいぶん鉄鉄しい重装備な歩道橋です。こんなことを書くと、あなたに「そんな言葉あるんだね! 知らなかった!」って言われそうだけれど、あるのです。今、作ったからね。
 まぁるいのに無骨な構造物が面白くて、橋梁の隙間から180°先を覗いてみたら、その向こうに大きな船が見えました。海。磯の香りはしないけれど。

 かつてド派手な刑事ドラマによく登場した新港埠頭は、いつの間にか観光地に生まれ変わっていました。クリスマスマーケットへの買い物客や観光客でごった返す赤レンガ倉庫の片隅に、活気づくモノクロームの景色を見た気がするのです。荷物を潮風や紫外線から守る小窓や、今は閉ざされたエレベーターは、静かに在りし日の姿を物語っていました。
 歩いているうちに、遠くに停泊していたはずの船がどんどん大きく見えてきます。街のほうに目をやると、逆光に浮かぶ凛々しいクイーン。通りの向こう側にハマスタのライトを見つけて、胸が高鳴ります。

「ねぇ、いっぱい歩いたけど、ぜんぜん疲れてないよ!」
「うんうん、おりこうさんだねぇ。歩くのキライなのに、よく頑張って歩いてるね」
「そうでしょそうでしょ!」
「なにそのドヤ顔!笑」
 マスクでは隠せませんよ。

 

 

 思い出深い映画のラストシーンを思い出しながら、大さん橋へ。有機的な曲面に構築された屋上デッキは、甲板のようでいて波のようで大きな生き物のよう。平衡感覚を失います。
 傍らに寄り添っていたのは、あの橋のすき間から見えていた船でした。救命艇さえなければ、見たことない規模の巨大な白い集合住宅のよう。4年前の冬、未知の恐怖と戦う姿を来る日も来る日もテレビで取り上げられていた、あの大きな大きな豪華客船。

 カメラ片手に歩いていた男性が、もうすぐ出発セレモニーが始まるのだとそっと教えてくれました。その間にも停泊中の給油や清掃が行われていて、横浜の街に出かけていた乗客たちがどんどん戻ってきます。

 今、この瞬間、たしかにつながっているのに、やがて離れていく。
 ゆるやかな、でも、確実に海と陸に人をへだてる境界線がそこにはありました。

 巨大な船に別れを告げて、ターミナルへ潜っていきます。まるでピノキオになったみたい。出発ロビーはくじらのお腹の中にいるような、不思議な空間でした。

 

 

 ちょっと早く着いてしまったけれど、重厚な階段を上がってレストランへ。窓辺のお席で祝杯をあげるために、横浜へ来たのです。
 お誕生日おめでとう! 生まれてきてくれて、ありがとう! こんな特別な日にあなたとここへ来られてうれしい。
 スモーガスボードはどこか懐かしくて新しい、異国の味がしました。あのニシンのスモーク、また食べたいな。

 冬の好きなところは、空気が澄んでいるところと、夜が長いところ。
 都会の夜景を好むあなたのために部屋の灯りを落として、「みらい」と名付けられたヨコハマの彩りを楽しみます。かつて宇宙の時計が回りはじめた頃には想像もしなかったきらびやかな夜が、そこにはありました。
 やがて、海へ突き出した人工の帆の先端が輝きだし、それが月だと気づいたときには、ふたりで歓声をあげました。奇跡の瞬間。

 

 

6:00am 目が醒めたとき、ふたりとも息をのみましたね。作られた夜の横浜も美しいけれど、自然が刻々と描き出す無限のグラデーションは圧倒的で、わたしは無言でシャッターを切りました。何度も何度も。

 あなたの新たな366日の始まりです。その一日をともに歩み出せることが、心からうれしい。

 外へ出ると、高層ビルの屋上から白い蒸気が上がっていました。煙突みたい。頬を刺す浜風はきんと冷えています。目指す場所は、ハンマーヘッド。あなたが心待ちにしていたクラフトビールのお店です。

 目の前に広がる銀色のタンクと、スモークサーモンとアボカドのベーグルサンドをつまみに、モーニングエール。あなたは4種の飲みくらべ、わたしは1.2%のペールエール。スーパーセッションIPAは、グレープフルーツのような華やかな果実味と軽やかな香りがしました。こんなお酒があったなら、毎晩でもあなたの晩酌に付き合えるのに。
 角度の低い冬の陽射しがテーブルに長い影を作ります。陽だまりがまぶしくて、露出がうまくいきません。
 四苦八苦しながら、ふと思いました。喋っていたって無言でいたって、あなたとなら心地いい。あなたと出かける旅は、やっぱり楽しい。

「キチガイじみてるから、ぜひ見てきて!」と地元の人からおすすめされた、ハンマーヘッドのセブンイレブン。立ち寄ってみて圧倒されました。一面に並んだクラフトビールは、ジャケ買いしたい品揃え。

 110年前に作られたというハンマーヘッドクレーンには、今でも、クレーンのフックが吊り下げられています。あの鉄鉄しい歩道橋を思い出しました。無骨な機能美に心ひかれます。

 

 

 歩けてしまう距離だけれど、せっかくだから「あかいくつ号」で中華街に向かいます。熱々の焼き小籠包を立ち食いで はふはふしたあと、ぜんぜん変わらない元町を横切って、坂道を上がっていきました。あなたに見せたい景色があるのです。子どもの頃から好きな、港の見える丘公園。息が上がってぶつくさ言っているあなたをなだめながら、休みやすみ上がっていきます。

 本牧、大黒ふ頭、ベイブリッジ、第三京浜。あなたに説明している自分の指先に、見慣れたモビルスーツを見つけました。
「撮った? ねぇ、撮った? ガンダム撮った?」
 撮った撮った。いちおう撮りましたとも。でも、あぁ、なんで広角しか持ってこなかったんだろうね。Batis2/25で撮った豆粒ガンダム。トリミングしたところでピントも甘々でどうにも小粒。このレンズで撮るなら逆光で足もとから盛大にあおりたいところだけれど、残念ながらタイムアップです。

 冬薔薇ふゆそうびの淡い花びらを西陽が透かして、いつの間にか伸びた影に気づきます。登りよりも、心なしかテンポよく坂を下っていく背中を眺めながら、思ったのでした。いっしょに行くから楽しいんだなって。

 行き当たりばったり、言いたい放題、食べたい放題、飲みたい放題のわがままふたり旅。50時間にも満たないちいさな旅だけれど、話して笑って濃い時間でした。
 帰ってきてからも、そうね、ついさっきも「また行きたいなぁ! 楽しかったよね?」と語るあなたの笑顔に、こころの底から出かけて良かったなぁと思うのです。
 ねぇ、いっしょに行くと楽しいね。来年はどこへ行こう?

 

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