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まごころからの言葉を

1チーム3名ずつ、7チームの少年たちが、次々と入室してきた。
少年たちは皆、喜々として、眩しいほどだった。
チームの代表として、ここに集うことへの、誇りと自信に満ちているように見えた。

彼らの若さ、初々しさに目を細めつつ、わたしは内心、俄に仰天していた。
彼らの、自身のチーム内で談笑している声が、漏れ聞こえてくるのだが、その言語が、全くわからなかったからである。

肌の色、髪の色、虹彩の色、体格、顔立ち……
つまり、見た目には、少年たちとわたしは、性別や世代の違いこそあれ、皆、近しかった。

人種や民族の区分は、個人的には、常々疑問を感じてはいたのだが……
それは、さておき……
言うなれば、わたしたちは、同一人種、同一民族であるように、わたしには見えていた。
しかし、言語は、チーム毎に、方言の違いどころではなく、全く異なっていた。

手話のチームもあった。
テレパシーのチームもあった。

そもそも的な前提にはなるが、彼らの放つものが言語である、という感覚はあった。
彼らは、明らかに、それを手段に、コミュニケーションをしていたから。

しかし、素人目にも、彼らの言語は、チーム毎に、あまりに掛け離れた言語体系、という印象だった。
それぞれの言語の相互理解に関して、わたしには、緒すら見つけられそうになかった。

「バベルの塔」のようだ、と思った。

近しいはずの仲間と集えたのに、言葉が通じない。
この事実は、わたしにとって、思いの外、衝撃であり、孤独だった。
同じ言語で語り合えないなど、微塵も想定していなかった。
途方に暮れる思いだった。

しかし、少年たちは、不可思議にも、全く意に介していない様子だった。
AIによる翻訳機能の発達が目覚ましいとはいえ、当座は、そのような翻訳機も見当たらなかった。

もしかしたら、言語が通じないのは、わたしだけなのかもしれない、と思った。
彼らは、地球上、ひいては宇宙のあらゆる言語も駆使できる、おそろしく優秀な頭脳の持ち主なのかもしれない、と。

あるいは、同時通訳者がいるのだろうか、いれば良いのだが、と、半ば縋るように思い始めたとき、少年たちが全員入室し終えた最後に、ひとりの女性が現れた。

彼女もやはり、わたしたちと同一人種、同一民族のように見えたのだが……
存在感が……
うまく言えないのだが……
妖精だった。

妖精の彼女は、おもむろに歩み出し、まさに、ティンカーベルの妖精の粉のようなものを、わたしたちに、順に、振りかけて回った。

妖精の粉は、即座に、身体の細胞の隅々にまで行き渡るようだった。
それにより、賦活された細胞が、内から発光するようにも感じられた。
また、同時に、それまで感じていた、不安や戸惑い、恐れ、孤独というような、重く、陰りを帯びた感情が、自分のなかから、瞬時に消えていくことも感じた。

部屋全体が、妖精の粉と、わたしたちの細胞の微光に満たされた。

「ようこそ。ここには、過去も未来も集っています。互いに、祝福と感謝を。そして敬意を」

妖精は言った。

彼女の言葉は、わたしの普段用いている言語ではなかったが、なぜか、わたしにも理解できた。
また、21名の少年たちにも、ひとしく、理解可能な言語であるようだった。

皆、おのずと頭を垂れていた。
手を組む少年もいた。
わたし自身、敬虔な思いに包まれたし、彼らも同様なのだと感じた。

しかし、そのさなかにも、わたしは、不謹慎ながら、無心どころではなく、猛烈に頭を働かせてもいた。

妖精の粉には、敬虔を熾すちからがあるのか。
同時通訳的な翻訳機能もあるのか。
それは、聖霊降臨の異言のようなものか。
復活の日に、聖霊に満たされた人々が、それぞれの言語、つまり、異言で語り始めた、あの福音のような。

「愛は、はじめからあります。あなた方の誰も、疑いはしないでしょうが、疑ってはなりません。
しかし、愛は、意志して育まなければなりません。そのために、わたしたちは、言語さえ分かちました。各々に、自由に育み、遍く拡げるために」

妖精は、そう続けたのだったが、これは、主に、わたしに対するメッセージのようだった。
少年たちは、このことはすでに知っていて、あらためて、静かに、身に沈めて聴いている、というふうだった。

若い彼らが、無言のうちに、わたしを、あたたかく迎え入れてくれている雰囲気も感じられ、驚いた。

そのとき、はたと、気づいた。
この時空では、いわゆる、年嵩を重ねたわたしこそ、最たる新参者であり、〈過去〉である、と。
この時と場は、各地(空間)の代表ではなく、各時代(時間)の代表の集いなのだ。

未来に生きる彼らは、若くはあるが、魂は、わたしより、相当に古く、深い。
つまり、彼らは、わたしの時代も、わたしの言語も、既知なのだ。

「言語も進化します。見る影もないほどまでに。
但し、コトバは永遠のものです。
『初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった』のですから。

過去を知れば知るほど、より多くの言葉を識ることになり、より孤独ではなくなります。
そして、未来へ進みます。
彼らは、あなたの遠い未来のすがた、とも言えます」

妖精は、わたしの思考を読んだかのように言った。

「わたしには、皆さんの言葉が、わかりません」

わたしは、正直に吐露した。
ここでは、嘘はつけない。

「当然です。彼らの声を聴くためには、聴覚のみならず、諸々の感覚器官ごと、進化、深化、神化させなくてはなりません。
一段一段、歩みましょう。彼らも、わたしも、経た道です。
大丈夫です。あなたの言葉は、皆、理解しています。
そして、どんな言葉も光です。
『万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった』のですから。

あなたには、彼らが、若く、眩しく見えるでしょう。未来は、未完だからです。
未来の言葉も、未完です。危うく、儚く、確立していません。しかし、未完のものほど、至上です」

「わたしは、今後どうすれば……」

「まごころから、言葉を放つことです。それが、真の創造です。
『初めに言があった』のです。宇宙の言葉が、意味が、いまにも、あなたを吹き流れています。
まごころからの言葉を、あなたも放てます。なぜなら、あなたも神の子だから」

浄福感のうちに、目覚めた。

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