寅そばを食べる

 寅そばを注文した。土曜日に家族で出掛けた帰り、俺が父にねだったのだ。寅そばはアッサリとした味のラーメン屋である。そばだけどラーメン屋である。神奈川のチェーン店だ。しかもラーメンが380円ととても安いのだ。何故寅そばを食べたくなったのか、神奈川には家系という立派なご当地ラーメンがあるにはあるが、どうもこの日はそんな気分ではなかった。皆にもあるだろう。人にはアッサリとしたラーメンをたまに食いたくなる日があるのだ。
 父、母、俺と三人で一人ずつ寅そばを注文し、俺はついでにビールも頼んだ。ラーメン屋でビールである。父は怪訝な顔をしたが、時々やってみたくなるのだ。冷えたビールが運ばれてくる。「何だか美味しそうだな。」父がこぼす。俺はラーメンが調理される間、手持ち無沙汰な父と母を横目に、ビールを楽しんでいた。ちなみに言うと、費用は父負担だ。親の脛を齧る、と言われれば耳が痛いが、どうせ俺はもうすぐで就職するのだ。社会人になってしまうのである。今のうちに甘えるだけ甘えたほうが、父も親冥利につくというものだろう、と思ってしまうのは流石にドラ息子かもしれない。
 ジョッキが空になったところで、寅そばが運ばれてきた。俺たちが入った時点でガラガラだった店内は、今や家族連れ大いに賑わっていた。先ほどからワンオペで店を回している、菅田将暉似の店員も大変そうである。俺はジョッキのおかわりを頼むと、湯気の立つ寅そばを食べ始めた。寅そばは背油の浮く、アッサリしたラーメンである。量は少ないがそれがまたビールと合うのだ。そしてまた、父と母と談笑した。俺は今年で25になる。もう良い歳である。あと何回、父と母とこうやって食卓を囲めるであろうか。
 インターネットのコピペであるが、人間は社会人になって一人暮らしになると、仕事が忙しく、年末年始にしか両親と顔を合わせることは無くなるらしい。そうなると人生80年として、社会人にになった俺は、あと65回しか両親と会えないことになるのだ。冷えたビールを飲みながら、何となくそんなことを考えた。
 寅そばはとても美味しかった。スープまで綺麗に平らげた。家に帰り、自分の部屋に籠ると、先ほど飲んだアルコールのせいもあってか、布団を被ってグッスリと眠った。マスターキートンという漫画には、人生を山かけ蕎麦と例えたシーンが出てくる。山かけ蕎麦は、まだある、まだある、と思っているうちにすぐに無くなってしまう。人生も似たようなものなのだと。
 俺の人生は寅そばであって欲しい。ビール片手に"アテ"にして、スープまで綺麗に飲み干せたら良い。そのためには、これから社会人になって、もっと強く生きていかねばならぬのだ。今はまだ麺を"茹でる"段階かしら。俺は1人でほくそ笑んだ。

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