地域共同経営モデルについて考えよう(稲作編)15haを兼業で共同管理する
自己紹介
イナムライス代表の稲村です。
静岡県沼津市で稲作を営んでいます。米の専業農家に生まれ育ち、休みの日などに父の仕事を手伝いながら米作りの世界を覗いていました。
先代が亡くなったことをきっかけに農業を規模縮小して引継ぎ、現在は会社勤め(福祉関係)をしながら、約5haの田で水稲生産をしている就農2年目、33歳の兼業農家です。
はじめに
さていきなりですが、稲作(水稲栽培)で事業経営をするのは、とても厳しい時代と言われています。いくつか理由はありますが、簡単にいえば「米価が下がって生産コストは上がっているので収益化しづらい」「新規参入のハードルがとても高い(設備投資コスト超高い&農地の必要面積がめちゃ多い)」という2点が大きいでしょう。
他方、全国的にも、後継者不足、生産者の高齢化、耕作放棄地の増加などが問題となっています。お金になりにくく、参入障壁は高く、それでいて「誰かがやらないと困ってしまう」という話ですね。
お米がどのくらい今の社会に必要とされているか、あるいは今後されていくかという話は、ひとまず置いておくとして、コメ余りの世の中にあっても、水田を維持していく社会的要請はそれなりにあります。たとえば「水田の多面的機能」の話。耕作放棄地となった水田は、お米の生産機能と同時に、景観や、土壌の保全機能や、水害のクッション機能などを失い、地域環境に大きなマイナス影響を与える可能性があるという話です(少し補足すると、圃場条件や土地規制などの理由から「田んぼだった土地は田んぼ以外に転用しづらい」という側面があります)。
引き受けるリスク高いのに、誰かがやらなければならない。では誰がどのようにやるのか?
このエントリーの主旨
稲作業界的には「集約化」が一つのキーワードになっているところがあります。つまり、特定の生産者あるいは農業法人が、地域一帯の農地をまるごと引受けて管理することで「担い手」としての役割を果たしつつ、スケールすることで生産効率を上げていくというやり方です。
実際にその手法で6次産業化等にも取り組んで成果を上げている法人は多数あり、素晴らしいアプローチだと前置きつつ。個人的な考えとしては、「集約化こそ地域を守る最適解」となっていくのも辛いかなと思うのですね。大規模集約or直販ブランディングorさよなら水田?もうちょっと別の選択肢もあっていい。というか、大規模化に踏み切るのってやっぱりかなりのリスクを伴います。全国に何百、何千とある「米どころではない地域」で、50ha以上を手がける大規模農家の参入を待つというのもあまり現実的ではない。誰かが大きなリスクと覚悟を背負わなくても、もう少しゆるやかな形で、地域の田園を守っていくこともできるんじゃないかな。
ということで、「お米単体で生計を立てないことを前提に」地域の農家数名で共同経営する事業モデルを考えてみることにしました。これは今のところ、兼業の米農家として活動する私の将来的なビジョン(の一つ)でもあり、また様々な地域においても適用しうる考え方だと思っています。私が実践する前に他の人が実践しても私が損することは何もないので、フリー素材として自由に使ってください(というか、そんなに斬新なことは書いていませんし、既に実践している方々もいると思います)。
なお、予め申し上げておくと、どんな形態であれ、どんな規模であれ、お米を栽培している全ての方をリスペクトしています。違う事情、違う気候条件、違う地域背景を抱えるなかで、全国津々浦々で、いろんな人が、いろんな形で、いろんなお米を作って、いろんな消費のされ方をしていることが素敵で面白いと思っています。
また、この記事のバックボーンとしては、以前に私が投稿した2つの記事を読んでいただくと、間接的にではありますが、話の背景が理解しやすくなると思いますので、もしお時間があれば併せてお読みください(なお、めっちゃ長いです。特に2つ目)。 (水稲栽培の「特殊性」、日本的な同質文化との関係について) https://note.com/mizumachi88/n/n5ccaacc19b6a (私が兼業農家として就農した経緯について。ごく個人的なストーリー)https://note.com/mizumachi88/n/n9542a23b418e
地域共同経営モデル案のコンセプト
コンセプトを一言で言うと 「15haの水田を1セットの機械設備、地域の兼業農家数人で共同経営する」です。
なぜ15haか?前提として、水稲栽培には非常に機械・設備のコストがかかるため、ある程度スケールメリットを出さなければ初期投資額を回収できません。その一方で、ある程度の面積を超えると、規模拡大しても生産コストを下げることが難しくなると言われています(単純に言えば、同じ用途の機械が2台必要になる等)。その境界線の一つが約15haと言われているのですね。つまり、15haまでは規模を拡大するほど生産性が上がっていくけれど、15haを超えるとスケールメリットを出しづらくなるということです。
(参考) 「稲作経営における生産コスト低下の可能性と経営戦略」
九州大学大学院農学研究院 南石晃明 教授
http://worldfood.apionet.or.jp/Conference201502/5.Houkokusho%20Nanseki.pdf
米農家の方には肌感覚で伝わると思いますが、15ha~20ha程度の規模で稲作専業として生計を立てている農家は、家族経営に近い経営体が多いです。「夫婦二人で15ha」は、結構あるあるですよね。
これって、家族経営ではない「兼業農家数人での共同経営」でも実現可能なのではないか?と思うのです。設備投資のスケールを最適化したうえで、事業継続のリスクを緩和しながら、ゆるやかに地域との共存共栄を図るイメージですね。
(少し補足) リンク先の論文でも書かれていますが、15haを超えると生産性が上がりにくくなるというのは「生産コストの減少の仕方が水平曲線に近くなる」という意味であって、面積を増やすほど赤字になるという意味ではありません、念のため。私見ですが、家族経営的な専業稲作農家の(作業面の)限界キャパは20ha~25ha、兼業稲作農家の限界キャパは7~10ha程度とみています。
サブコンセプトと、いくつかの課題意識
①脱・家族経営 ②受託作業による売上に頼らない ③農業(稲作)のほかに収入手段をもっておく ④農地集約を大きなストーリーにしない
①の「脱・家族経営」について。家族経営の最適面積の一つが15haである、ということは、裏を返せば「15ha専業でやるなら家族を労働力としてフル換算せざるを得ない(場合が多い)」ということでもあります。これって結構リスキーですよね。家族経営体が事業継続するためには「安定した収入を確保する」「家族のだれかが後を継ぐ」の両方をクリアする必要があります。事業継続の問題については、共同経営の場合も勿論避けることはできませんが、少なくとも一定のリスク分散効果は期待できると考えます。
②の「受託作業による売上に頼らない」について。正直、今ある程度の規模(5ha~10ha以上)でお米を作っている農家にとって、受託作業(苗の生産販売、田植えや稲刈りの代行)による売上は、殆ど欠かすことのできないものであろうと思われます。ただ、これから益々、部分的な機械作業をプロに外注してお米を作るという人は減っていき、農地ごと人に預けるケースが増えてきます(「請負化」から「集約化」への移行)。したがって作業委託のニーズは減少していくので、ここでは意図的に、受託作業の売上をまるっと除外したシミュレーションを立てています(勿論、作業委託のニーズがゼロになることはないと思います)。
③の「農業(稲作)のほかに収入手段をもっておく」について。最初に面積を設備ベースで決めている以上、15ha規模のお米だけで複数人が安定した生計を立てるのはまず不可能となってしまいます(人員配置が過剰になる)。逆に言えば、別に一定の収入手段を持てるなら、共同経営でもある程度のサブ収入手段として水稲生産を活用できるのではということですね。
④の「農地集約を大きなストーリーにしない」について。集約化を進めている大規模法人の多くは、地域のコミュニティに積極的にコミットし、農地の借受けや売買の交渉を進めていると思いますが、そうした交渉過程においては多くのすれ違いも生じます。分かりやすく言えば、農地を「頼んで管理してもらう」なのか「貸してやってる」なのかというようなことですね。もちろん最終的には双方の利害や思いが一致するラインに落ち着くわけですが、おおむねパワーバランスが生産者側に寄っていく傾向があると思われます。なぜなら受け手が他にいないから。でもここでは、生産者と地権者の間で、なるべく対等でゆるやかな協力関係を目指します。生産者の経営リスク緩和を謳いながら地主にリスクを強いることはできませんし、いわゆる「昔ながらの」コミュニティが強く残る地域でも、個人の生産技術やコミュニケーションスキルに(大きく)依存することなく展開できるモデルでなくてはいけません。そのための具体的な方法論をここでは示さないので、ちょっと願望に近くなってしまうかもしれませんが。
共同経営の基本モデル
15haを兼業農家で共同経営するにあたって、必要な人員は次の通りとします。
・メイン生産者 3名(年間を通して別の仕事に従事して一定の収入がある。年間80日~100日程度、農業に従事できる。機械の運転スキル必須)
・パートスタッフ 2名(年間6か月程度、週5日、1日3時間入れる。日々の水管理など柔軟に対応)
機械・設備は必要最低限の規模・台数とします。必然的に、ある程度機械・設備を扱う作業拠点を一ヶ所にまとめる必要がありますので、同一地域内の生産者でタッグを組むのがベストではあります(その方が地域にもコミットしやすい)。
15haとなると、同一地域内でも水系が複数エリアに分かれていることが殆どなので、なるべくエリア毎に品種や作業時期を統一します。
「生産者1人あたり5haずつ担当する(設備だけシェアする形に近い)」か「3人で15haを共同栽培する」かは、(技術と認識の共有をしっかりとれるなら)後者の方がクオリティを上げやすいと言えますが、最終的にはやりやすさ重視で選択してください。敢えて分かりにくく例えると「ユニット型介護施設(ユニット毎に10人の利用者を4人でケアする)」と「従来型特養(100人の利用者を40人でケアする)」の関係に近いです。
収支計算をしてみよう
あくまで一例なので、適宜改変・アレンジして使ってください。アレンジ例としては「受託作業の売上高を300万円くらい作る」「機械設備を持ち寄って初期投資額を抑える」等がすぐ思い浮かぶところですが、他にも様々なアプローチがあると思います。
売上 (収量)8俵/10a 8俵×150反=1200俵
うち自家消費20俵
(JA出荷)12,000円×830俵=996万円
(直販)20,000円×350俵=700万円 計 1,696万円/年
機械コスト トラクター(50馬力) 700万円/10年 代かき用ハロー 50万円/10年 田植機(6条) 350万円/10年 コンバイン(5条) 1,200万円/10年 播種機一式 200万円/20年 乾燥機×2(40石+30石) 400万円/20年 色彩選別機 300万円/15年 籾摺り機・選別機 150万円/20年 中古2tトラック(ダンプ) 200万円/20年 軽トラ 100万円/15年 中古3tトラック(積載) 300万円/15年
中古2tフォークリフト 150万円/15年
業務用米保冷庫(240袋サイズ) 120万円/20年
減価償却費340万円/年+車検・税金・整備費用70万円/年 計 410万円/年
生産コスト 苗代・肥料・農薬・燃料費 20,000円/10a
用水費 6,000円/10a
(土地賃借料なし、用水費のみ生産者負担と仮定) 計 26,000×150反=390万円/年
ほか電気代 30万円/年 諸経費 30万円/年
パート人件費 時給1,200×15h×30週×2人=108万円/年
差引合計 1,696万-410万-390万-30万-30万-108万=728万円/年
この728万円が実質利益となりますので、メイン生産者3人で等分すると、一人当たり年収242万円(+玄米400kg)。
一人当たりの年間の労働時間数を(半ば無理やり)算出してみます。 (日々の連絡調整)0.5h×200日=100h (春・秋の作業)10h×40日=400h (夏の作業)6h×40日=240h (圃場巡回など)1h×100日=100h(パートスタッフによる作業で補完) (販売プロセス)100h/年 (その他の諸作業)60h/年 で、ざっくり計1000h/年とすると、時給換算で2,420,000÷1,000=2,420円/時となります。
実際には地域ごとの相場や資材費の変動を考慮する必要があり、収入額は更に下がる可能性がありますが、おおむね1人当たり収入200万円~250万円/年(時給2,000円~2,500円)というのは結構リアルな数字ではないかと考えています。これを割に合わないハードワークと捉えるか、それなりに安定したサブ収入と捉えるかは人によるかと思います。
メリットとデメリット
メリット ①機械設備のコストパフォーマンスを最適化できる ②一人の生産者(一法人)が背負う経営リスクを緩和できる ③地元生産者がチームを組むことで地域にコミットしやすくなる ④兼業でも、協力してシフトを組むことで適期作業を組みやすくなる
⑤それぞれの人脈やネットワークを販路拡大に生かしやすい ⑥一人で何でもやらなくてよい(互いの得意分野を生かす) など
デメリット(課題) ①作業拠点を1か所に集約する必要があるため、管理コストが偏りがち
②経営ビジョンと栽培スキルの共有が大変 ③チーム内のコミュニケーションコストがそれなりにかかる ④休みがとても少なくなる ⑤利益分配の方式について明確な取り決めが必須 など
メリットはわりと明確なので、ここではデメリット(課題)についてもう少し見ていきます。
①の「作業拠点を1か所に集約する必要があるため、管理コストが偏りがち」について。機械設備1セットでの運用を前提にしている以上、これは避けられない現象です。共同所有名義であっても、機械の保管場所等を作る必要があり、誰か一人の土地を提供する≒その人がメインで管理するという形にはなりがちですね。
②の「経営ビジョンと栽培スキルの共有が大変」について。いわゆる「一人親方」的な仕事をしてきた人(農家には多い)が集まってチームを組むので、共同経営のビジョンをしっかり描かないとすぐに瓦解します。家族経営だと比較的解決しやすかったり(せざるを得ない)する部分ですね。栽培スキルの共有についても、同じ農地を複数の生産者で共同管理するためには、圃場条件に合わせるだけでなく、チーム内でも作業水準を明確化しておく必要があります(トラクターの作業速度や耕起の深さ、播種量、苗の生育管理、植え方、水管理の仕方、施肥体系、農薬の使用量などなど…)。
③の「チーム内のコミュニケーションコストがそれなりにかかる」について。②とも共通しますが、それぞれ別の仕事をしながらの農地経営となるので、細かく連絡をとりながらお互いの意思疎通を図る必要があります。作業状況の把握やスケジュール調整だけでもおそらく結構な手間です。ただここをサボることはとても危険です。「共同経営がうまくいかなくなる=地域コミュニティの仲間を失う」になりかねませんので。裏を返せば、地元の仲間としての信頼関係をビジネス領域に持ち込むチャンスでもあります。コミュニケーション大切。
④の「休みがとても少なくなる」について。共同経営であったとしても、兼業で15ha規模で水稲栽培するというのは「そこそこ頭おかしいレベル」だと思ってください。年間1000時間を費やす価値があるかどうか、そしてそれだけの時間を投下できるかはその人の価値観や、生活状況や、家族の理解・協力などによって大きく変わります。但し、20ha以上の規模で専業農家として経営するケースと、15haを兼業農家として共同経営するケースを比較したときに、どちらがハードワークかは一概には言えません。「休みが少なくなる」のはあくまで副業的に捉えたときの話です。
⑤の「利益分配の方式について明確な取り決めが必須」について。出資比率と労働比率に応じた再分配をそれぞれ考える必要がありますので、利益を人数で等分するということは現実には難しいです。再分配の考え方はいくつかあります(例えば、利益のうちX割を出資割合に応じて分配、〈10-X〉割を労働時間数で分配するなど)。「会社にする」というのは再分配の手法としては入り口でしかないので、生産者同士の合意がとれる形を、実情に応じて考えるのがベストです。ただ注意しなければいけないのは「個人の能力に応じた報酬評価は難しい」「会社の代表を1人決めて、他の生産者を給料で雇うという形にはしない方が(おそらく)いい」ということでしょうか。
能力に応じた報酬評価が難しいのは、生産者が全員、兼業で参画することを前提にしているため、スケジュール調整にあたって個々の時間的な都合を最優先の検討材料にする必要があるためです(同じ理由で、作業ごとの単価を設定してしまうと、高単価の作業担当が一人に集中した場合に不満が出やすいと思われます)。また個人的には、出資比率がある程度偏ったとしても、事業継続の観点から「共同経営」という前提は守った方がいいと考えています。生産・販売のモチベーションにも大きく作用しますし、管理面の負担が特定の一人に集中すると、兼業での経営という前提が成り立たなくなるおそれがあります。 出資比率と作業時間数をできるだけ均一にできるよう調整した上で、基本報酬と、販売プロセスにおける成果報酬(歩合制手当)をそれぞれ設けるというのも一つかもしれません(出資手当+実働手当+歩合手当の組み合わせ)。
モデルの応用と展開例について
ここまで述べてきた共同経営モデル案は、決して一つの形に固定化されるものではなく、生産者や地域の実情に応じてカスタマイズする余地があります。このモデル案の肝は「稲作単体で生計を立てない」「設備投資の費用対効果を必要最小限の規模で最適化する」「地元生産者同士でチームマネジメントと共同経営を行う」にあるので、そこを押さえていただければ変数はいくらでも作れます。 例えば、上では生産者3人での共同経営を想定しましたが、5人でも成立します(その場合、約750万円の利益を5人で分配する形になります)。「兼業農家数名」ではなく、「米+別の作物を扱っている専業農家数名」が水稲事業をチーム経営するという形でもいけると思います。
実際の展開例としては、地域としての水田面積が20ha程度であれば、最も単純なイメージでは、共同経営チームが15haを、他の生産者が残り5haを管理することになります。30ha以上の規模であれば、共同経営チームが2チーム以上並ぶことも十分に想定されます。 逆に市街地に近いエリアで地域の水田面積が5ha以下、或いは圃場ごとの距離が離れている場合は、あまり今回のモデル案との相性は良くありません。個人生産者に任せるか、大規模法人の参入を待った方がいいというケースもあるでしょう。 尤も、日本全国の多くの地域、つまり「田んぼはそれなりにあるけれど、産業としての稲作がすごく盛んとはいえない地域」においては、担い手不足は切実な問題です。 したがって本モデル案は(現時点では)全国的にかなりの地域で展開できる可能性が高い、というのが私の考えです。このモデル案を各々の実情に合わせてカスタマイズして運用してくれる人たちが仮に1000組いれば15,000haの農地の経営改善に繋がる可能性があるのではないかなと、わりと真面目に思っています(ちなみに日本の水田耕地面積は230万ha以上あるそうです!)。
「リスクをとらない」というリスクもある
さて、ここまでの話では、「共同経営モデルの実践によって経営リスクを緩和する」ことを経営上のメリットとして捉えてきましたが、必ずしも良いことだけではないよね、という話もしておかなければいけません。
端的に言えば「リスクをとらないという意思表示は、それ自体リスクを抱えている」という話です。ここという局面でリスクをとった選択決定を打てる経営者が強い、みたいな議論はここでは割愛しますが、リスクと覚悟を背負いながら大規模化を進めていく経営体と比較したときに、共同経営モデルがその成り立ち上、リスクの分散・緩和を出発点としているということが、事業へのモチベーションやその成果レベル(お米の品質など)にマイナス影響を及ぼす可能性はそれなりにあります。 (さらに補足しておくなら、15haという規模は資本・労働力の両面で結構なリソース投下を参加者に最初から要求しているので、それ自体が事業継続に向かう安全弁になっているという見方もできるとは思われます)
また、当然のことですが、どのような経営体であっても「どういうお米を作って販売していきたいのか」「おいしいお米を作るために何をしていくのか」「そもそも何を実現したいのか」といった経営ビジョンや品質向上に向けた取り組みは、避けて通ることのできない命題です。そしてこれらは本質的に地域共同経営モデルとは無関係だということを自覚しておくことは大切だと思われます。地域共同モデルはあくまで経営の骨組みであって、そこに筋肉、臓器、或いは「魂」のようなものを乗せていくのは、それぞれの生産者(経営者)だということです。
共同経営モデルが破綻する可能性
最後に、今回提唱した地域共同経営モデルが前提から成り立たなくなる可能性もあるよ、という話をさせていただきます。
コンセプトの項で説明したように、本モデル案は主に次の3つの要素を前提として組み立てています。 ①地域の水田は水田として保全されていく必要があるという社会課題 ②「水稲の生産規模が15haを超えると、生産コストを低減しづらくなる」という研究結果 ③「大規模生産法人はそう簡単に現れてくれないので、もう少しコンパクトに地元生産者が主体的に農地維持に取り組む必要があるのではないか」という個人的見解
したがって、これらの前提を覆す状況が現出すれば、このモデルの根本的な見直しが必要となります。具体的には次のようなことが考えられます。
・水田に新たな利用法が発見される(水田として維持する必要がなくなる)
・水稲栽培にイノベーションが起こり、これまで以上に低コストかつ省力化された大規模生産が実現される
・政策ベースで50ha、100haを超える規模の生産集約化に全振り方針が示される(大規模法人への大型補助金、小型機械の値上げ、小規模農地を売ったり貸したりする地権者への助成強化など)
こうした状況が訪れ、それが社会全体にとって有益となるのであれば、今回提唱した地域共同経営モデルはその活用機会を失う、というよりもその責務から解放されるといえるでしょう。同時に、そこではまた新しい経営モデルが必要とされるであろうことは言うまでもありません。
おわりに少しだけ、個人的な話を
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。今回の地域共同経営モデルの話はひとまず以上となります。
このエントリーを閉じるにあたって、私がなぜこのエントリーを書いたのか、という話を少しさせていただきます。
私の住む静岡県沼津市大平には、40haほどの水田があり、私は地域で4番目くらいの規模面積で水稲栽培をしています。私より多くの面積を手がけている生産者は全員が50代以上で、はっきりとした後継者がいないという状況です。また地域には10a~30aの水田でお米を作っている方も多くいらっしゃいます。
2年前に亡くなった私の先代は、今の私よりは大きな規模で、いわゆる家族経営の稲作専業農家として生計を立てていました。私は事業承継するにあたって、作付の殆どを所有農地に限定し、兼業農家として活動する選択をとりましたが、誤解を恐れずに言えば「このまま続けていても、10年後、20年後には、自分に何らかの形で地域の〈お鉢〉が回ってくるのだろうなぁ」という感覚があります(勿論、そういう風に思っていただけることは非常にありがたいことです)。今は母と長年働いてくれているパートスタッフのおかげで仕事をできていますが、10年後には母もスタッフも70です。妻にもっと参加してもらうのか?その後はどうするのか?「その時」に私がどういう選択をとるにせよ、今のうちに考えられることは考えておく必要があります。これが今回のエントリーを書いた一つ目の(切実な)理由。
二つ目の理由は、きっとこういう話(地域の後継者不足)は全国そこらじゅうにあって、でもその中で「15ha~20haを稲作専業で家族経営」と「5haを兼業で経営」の両方を経験として見てきた自分だからこそ書けることがあるのではないかな、と思っているということです。
私自身は就農してまだ2年目の若輩者ですが、日々、お米作りの奥の深さ(と懐の広さ)に驚きと感動を覚えることがたくさんあります。 お米作り、マジで面白い。
こんなに面白いお米作りが、地域の「負の遺産」になっている側面があるのなら、どうにかできないかなと、やっぱりどこかで思うのですね。今回お話しした共同経営モデルは、誰でもやろうと思えばできるものです、きっと。会社勤めしながらでもできます(断言)。そして「お米を作る喜び」だけではなく、投下したリソースにある程度見合う収益や、地域コミュニティとの新たな繋がりをもたらしてくれる可能性が十分にあるのではないかと思っています。
とは言え、殆ど全て頭の中だけで考えたことで、実践を伴っていないので、「似たようなこと既にやってるよ」という方がいれば、ぜひお話を伺いたく思います。また、「ここは違うんじゃないか」とか「こういう問題もある」など、ぜひ様々な意見・感想などいただけるととても助かります。
私のTwitterアカウントを載せておきますので、ぜひ皆様の声をお聞かせください。 https://twitter.com/mizumachi88
最後まで読んでいただき、心から感謝を申し上げます。
お米と、お米にかかわる全ての方に愛を込めて。