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【小説】にわとりたまご🥚 第4羽

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≪第3羽をを読む🐥

🥚笹本ひだか

僕の勤める勤務するコンビニは、証券会社やら外資系のコンサルティング会社、小さくも勢いのあるベンチャーが乱立するオフィス街の中心地にある。

この業種業態は漏れなく激務になりがちだった。

昨今のコンプライアンス意識の高まりから、過剰な残業をさせないような風潮は高まっているものの、朝まで仕事をする仕事人の割合は0にはならない。

朝5時くらいにコンビニにワイシャツで黒いサンダルで入ってくるような人は、たいてい外資系コンサルティング会社の社員で、連日徹夜続きで革靴を履くのも面倒になりサンダルを履き、替えのくつしたを買いに来たりする。

そしてこの地には、僕の大学時代の同級生もこのビル群にうようよしている。

目の下にドス青いクマをつくった高田が店にやってくるのは朝5時だった。彼は僕の大学の同期であり、意欲的に朝まで徹夜をするタイプだった。

外資系コンサルティング会社に勤める彼は、首からぶらさげた社員証を外さないまま来る。

機密情報だろうに、アルバイトが僕とわかっていて安心しているのか、自慢したいのか、ただ単に彼が油断しているだけなのか。

「疲れたなあ」
レジに置かれる冷凍親子丼、エナジードリンク、白い靴下。

「お勤めご苦労さまです」
「昨日の23時にミーティングして今日の朝9時までに出せとクライアントに言われて資料づくりしてたらもう朝だよ」

高田は毎回、このコンビニに寄るとこの3つを選ぶ。
何かを決断することが仕事の彼は、自分の体に取り入れるものを選択するための思考リソースすら奪われきっているという。

「もう何も考えられないから同じものしか買えん」

ちなみにこのやり取りはもう50回以上している。
僕との会話もルーティンとして、彼の中では脳を使わない行為として認識されているみたいだった。

「何でそんな疲れることやってるんですかね」
「いま勢いのある業界で市場価値を高めておいて、いつやりたいことができたときにちゃんとしたキャリアを積んでおくためだ」
「お前のやりたいことはいつやってくるんだ」
「やりたいという欲が出てきたら、そのときだよ。お前も今から第二新卒でどっか入れよ。まだ間に合うぞ。なんか紹介してやるからさ」

彼はまた、手をひらひらさせながらかえっていった。

僕とっては、コンビニで働き、こうやって人間観察をすることも自分にとってはやりたいことだから、彼によるお仕事紹介は余計なお世話だった。

一連の、「紹介してやるよ」の会話もまた30回近くはされている気がするが、彼から実際に紹介されたことは一度もなかった。

彼がいなくなると、ここのコンビニの店長のアタラさんは僕に英語で語りかける。

「(彼はとても疲れてるようだね。日本に住む人、働くの好きだね? なんで働くの?)」
「(好きというか……。まわりが働いてるから働いてるだけですよ。働かなくなったら働かなくなる。まわりに配慮して)」

「(まわりへの配慮)」
彼はことばを取り出し、コンビニの、清浄な空間に放り投げる。

「(勝手に他人にいらない配慮をすることは他人を思っているといえるのか? 自己中心的なことだと思わないか?)」

アタラさんは、客が誰もいないときにはよく僕と話をしてくれた。

彼は、20代前半のころに日本に住み始めたと語るが、どこの国から来たのか、なぜ日本に来たのかは、僕は知らない。

僕も、なぜこのコンビニで働いているのか、過去にどこで何をしていたのかは教えていない。

コンビニ店員同士として、お互いの過去や属性に関しては深入りしない。たまたま偶然その場に居合わせた人間同士の、会話をする。

社会的に振り分けられた属性を認識することなく会話をすることで、僕たちは、思考と思考を混ぜて、類似点や相違点を確認しあうことができた。

僕の中では、アタラさんと適切な距離感を持って会話できることが、ここで働く醍醐味の一つだと思っている。

ちゃんとコンビニで働き始める前には気づかなかったであろう、よろこびの一つ。

「(アタラさんは、働いてる理由とかあるんですか)」

アタラさんは、顎に手を当てて考えた。
何かをひねり出そうとするとき、彼は目をつぶって、ときには眉の間にしわをつくって、考える。

「(ぼくは、あんまり働くことに意味を見出していない。やれと言われたことをやって価値をうみだして、誰かの役に立つことを仕事だと思う。その対価として生きるためのお金をもらう。違うか?)」
「(そうだね)」
「(そんなぼくも自己中心的だという自覚はある。結局自分のために働いているから。しかし、そんなものじゃないのか? 仕事に高尚な意味などあるか?)」

はは、と共感の笑みを示しながら、ぼくは三年前に経験した就職活動を思い出す。

経団連の形骸化した提言はもはや誰も聞かない学校のお昼の放送のようになり、企業による青田刈りは加速。

少なくとも大学二年生の終わりごろから、僕らは就職活動を真剣にとらえはじめるようになっていた。

僕自身、今もビジネス書を好き好んで読むし、起業家の思考法も興味深く取り入れている。そんなこともあって、当時は企業勤めするのも悪くないと思っていた。

しかし、いざ就職活動をしてみると、企業は企業で学生とのミスマッチを嫌がってなんでもできるような雰囲気を出して学生にやりたいことを語らせるし、学生は学生で落とされることを恐れて、会社に適応されたいびつな夢を語った。

人材不足が深刻になり、転職が当たり前になった今、企業としてはすぐ退職してしまう人を減らすべく、どちらかといえば求職者に有利になるように新卒でさえもやりたいことを最初からやれるというアピールをして、求職者の夢を膨らませた。

そしてこれは仕事に限った話ではないが、一般に期待や夢が膨らめば膨らむほど、基本的にはミスマッチが起こる可能性は大きくなる。皮肉にも、会社なら離反する人が多くなる。

そこで、会社は社員の求心力を高めるために、会社の存在理由や目的を語るようなパーパス経営を強めた。それと同時並行的に、個人も存在理由や目的を語りだすようになった。

僕はそれに正直げんなりしていた。

本当にこの世にお前の会社の事業が、人員が、予算が、必要なのだとしたら、わざわざ自分から存在理由なんて語る必要はないはずだと感じたからだ。

存在する理由は、動いていればまわりからおのずと与えられるはずなのだから。

たとえ、まわりから理由を与えられている感覚が今なかったとしても、自分でぼんやりと分かっているなら動き続けていれば良いのに。

しかし、もう今の僕らは、自分でなぜ存在しているのかを語れなければ、存在していてはいけないと勘違いしているのかもしれない。理由がなければ動けないのかもしれない。

思い込んでいるのかもしれない。常に大きな刃を突き付けられている。背中に。腹に。首に。

「あなたはなぜここにいるの?」

その質問に答えられなかったら心臓を切り裂かれるんじゃないかとおびえる、互いに突きつけあって強がってはおびえている。

「僕は、こういう理由があって」
「私は、こういう理由があって」

純粋にうるさかった。口数が多い。
存在する理由を語れなければ、存在する意味はないのだろうか?

僕は、それに耐えきれる気がしなかった。
その場でやるべきだと感じたことをする。ただ動くだけだった。

僕は、自分が現状を許せるか許せないかで仕事を選んだ。

そして許せたのは、そこにパーパスも、目的も、意義も何も求められない、しかし確実に需要のある、コンビニ店員だった。

「(考えてみるならば、今の人たちはまわりからここにいていいんだとお互いに思ってもらいたいから働いているのかもしれないですね)」
「はあ」

アタラさんは、また眉の間にしわをつくって考え出した。
僕はそういう人間の真剣な顔が好きだった。

ガラスの外から、明るい外の光が差し込んでくる。
窓の外をのぞくと、高層ビルの上層階の部分に太陽光が集中してガラスがぴかぴかと輝いていた。

それは午前六時の到来を示すと同時に、僕にとってはシフトの終わりも意味した。

制服を脱いで、荷物を整理する。
スマホをちらりと見ると、ほのかちゃんからLINEが入っていた。

あの、大至急、うちに来てくれませんか?

みいあちゃんうちにいるんですけど……


第5羽につづく🐥≫


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