見出し画像

#95 きみが羽を休める場所になれるなら


「(息子の名)、帰ってきてくれてありがとうね」

長男が夫の休みに合わせてプチ帰省をしてきた日に私がまず言った一言だった。土曜の一日をかけて電車を乗り継いで到着した駅に迎えに行った車内でのこと。

そして同じ一言を今日も駅まで送っていく車の中で息子にむかって言った。

「帰ってきてくれてありがとうね」

息子は、「一緒に過ごせていい時間だった、帰ってきてよかった。ありがとう」と笑顔で帰路に着いた。行き帰りに片道7時間半を電車で過ごす。行き帰りの二日が移動でつぶれるというのに、正味三日間家に過ごすためにやって来て、また帰って行った。

この一言がつい私の口をついて出るのには訳がある。

私が日本に帰省する度に、母がそう言ってくれるのだ。

正直に言えば、私は飛行機のチケットを買って母を英国に呼び寄せてあげられないことが不甲斐ない (父は持病があり体力的に無理だと思われる)。母は長時間のフライトを理由に「要らない」とは言うが、私にもしも快適なファーストクラスを買う経済力があったなら‥‥と思うにつけ不甲斐なくて仕方ない。

なのに母は、言葉もわからないし、自分で行くのは大変だからミズカが来てくれるのが嬉しい。こんな遠い所まで時間をかけて来てくれることが「ありがとう」なのだと言ってくれる。

余談だがここ英国南西部の町から国際空港まで行くには飛行機便の発着時刻によって旅のプランを変えなければならない。なぜなら通常2~3時間前に荷物をチェックインするためには、早朝の電車に乗っても午前中の便にはまず間に合わない。帰りも然りで夕方一定時刻以降に到着したら同日に帰ってこれる電車にも乗れない。つまり渡航便によっては行き帰りにロンドンで一泊することを余儀なくされる。夜行バスは疲れるが旅費の節約にはかなり有益な手段にもなってくれる。

日本の実家とて同様の田舎なので、日本での発着にも同様のことが起こってくる。そうやって英国の我が家を出てから日本の実家の玄関にたどり着くまでに35時間かかるなんてこともざらにある。

両親はそんな苦労も知っているので「よう来た、よう来た!」と目を細めながら私たちを迎えてくれる。

そしてそれ以上に、娘の私と孫たち (我が子ら) を快く送り出してくれる婿どの (私の夫) への感謝を母はたびたび口にする。

日本で結婚生活を始め、7年半住んだ以降は、夫はもう22年間日本を訪れていない。自分の渡航にかかるはずの費用を次の帰省に回して一度でも多く両親の顔を見てきなさいと言う彼の思いやりに甘えている。

本当は独りになるのは寂しいはずなのに‥‥

夫は大抵2週間の私たちの不在の期間を、家のメンテナンスや改造といったプロジェクトに充てるのが常だ。例えば室内でも外に面した側の壁に断熱材を入れて新しい壁を作ったりする。そんなふうに、帰宅した私たちをサプライズで迎える計画が彼の独りの過ごし方になっている。

一人で子ども三人を連れての帰省、道中は心休まるものではない。長旅と時差で子どもたちは一旦眠るとなかなか起きてくれない。

公共交通機関の乗り換えのために何度眠くてグニャっとしている子どもたちを叩き起こして、叱りたくもないのに叱り飛ばして、ひとりも残さず連れ帰ったことだろう‥‥

今となればみんないい思い出だ。

そこまでしても私は親のもとに帰りたかったのだから‥‥

なぜ母は「来てくれてありがとう」と言うのか。私こそが全てにおいて礼を言う側だといつも思ってきた。



息子を見送った後、夫と、「こんなになんの変哲もない数日だったけど、あの子にとってはそれでもやっぱり来る意味があったんだよね」と話しながら、また二人に戻った食卓を囲んだ。

せっかくだからどこそこで外食しようか‥‥なんて話しながら、結局は家の薪ストーヴの前で、まったりと飲み食いして終わった。

ラザニア、牡蠣のグリル、ローストチキン、そんなものを私が用意したり夫が仕上げたり‥‥ 雨が降ってるから冷凍庫のタイガー海老のガーリックバターで済ませた日とか。

最後の夜は夫が牛肉をギネスで煮込んだものをさらにパイにしてくれた。

作っておいたバナナケーキに、みんなの目の前でフライパンから皿にひっくり返したタルトタタン。おしるこも作ってみた。

息子は、「美味しい、美味しい」と言って食べ、ワインを開け、特別な話題でもないことをみんなでたくさん話した。

「なんか食事にも出かけなかったし、特別なことしないで終わっちゃったね~」と言った私に、息子はこう言った。

「何を食べるかよりも、誰とどんなふうに食べられるかが大事なんだと思う」

食通のあの子の口からそんな言葉が出て可笑しかった。きっとそれは、しばし仕事のことは忘れて、ボーっとしたり寛ろげている心の在りようなのだろう。ハイキングを楽しんだ後空腹で食事も楽しみにできる健康があるということなのだろう。


息子は「次はクリスマスにね」と言って、自分の場所に戻っていった。

家に帰って羽を休めることができたのなら嬉しい。帰省する度になにかが満たされて、また頑張る元気をもらってきた自分がここに居るのだもの。

家族って理屈じゃないんだよな~、と言うしかない。

「帰ってきてくれてありがとうね」

そう言って迎えてやる場所になることは、私が思っていたよりも大切な自分の役目なのかもしれない。


画像1





最後まで読んでいただきありがとうございます。スキのハートは会員じゃなくてもポチっとできます。まだまだ文章書くのに時間がかかっておりますが、あなたがスキを残してくださると、とっても励みになります♥